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人生と地域社会に関するizayuke_tarokajaのブックマーク (6)

  • 阪神大震災25年 高齢化で追悼行事減少 神戸市民追悼式は今年で終了 | 毎日新聞

    竹灯籠(とうろう)の明かりで浮かび上がった「1.17」の文字=神戸市中央区の東遊園地で2019年1月17日午後5時半、社ヘリから小出洋平撮影 阪神大震災25年に合わせ、民間団体により60件の追悼行事が開かれることが、市民グループのまとめで明らかになった。行事は5年ごとの「節目」に多くなる傾向にあるが、今年は最も多かった「震災20年」の2015年より50件少ない。関係者からは震災の記憶の風化を懸念する声も上がっている。 「市民による追悼行事を考える会」(神戸市)によると、行政主催を除いた追悼行事の回数は、震災10年(05年)が101件▽震災15年(10年…

    阪神大震災25年 高齢化で追悼行事減少 神戸市民追悼式は今年で終了 | 毎日新聞
    izayuke_tarokaja
    izayuke_tarokaja 2020/01/11
    "関係者からは震災の記憶の風化を懸念する声も""01年から毎年17日に神戸市で開かれてきた「市民追悼式」は、実行委のメンバーが70~90代になったことなどから、今年で終了"
  • おっちゃん、カッコええやん。「地元住民のポスター」が起こした観光業界の革命とは - TRiP EDiTOR

    近年、観光用の「ポスター」に大きな変化が見受けられます。これまで観光をうながすポスターといえば、有名タレントやモデルが風光明媚な景勝地にたたずんでいたり、高級旅館の囲炉裏端に大きなカニが横たわっていたりと、その街の名物を大々的にアピールするのが定番でした。 しかし昨今、表現が変わってきているのです。地元の店主たちが自ら登場し、決して気取らず、リアルな声を届けるポスターが増えてきています。 皺が深いおばあさんが「お客様は神様やって言うけど、うちの常連さんは、半分ぐらい仏様になってしもうたなあ」とつぶやくなど、笑いと哀愁が入り混じる“人に寄せた”表現が台頭。 そんな人情味がある「おもろいポスター」を鑑賞するためにその街へ訪れる行楽客数がアップしているのだとか。 この「ポスターで町おこし」を発起し、これまでの広告マン人生をかえりみた新刊『迷子のコピーライター』(イースト・プレス)の著者である株式

    おっちゃん、カッコええやん。「地元住民のポスター」が起こした観光業界の革命とは - TRiP EDiTOR
    izayuke_tarokaja
    izayuke_tarokaja 2019/03/09
    "「ポスターで町おこし」を発起し…新刊『迷子のコピーライター』(イースト・プレス)の著者…電通の日下慶太(くさか けいた)さん(42)""「地元の名物をあえてアピールしないポスター」のムーブメント"
  • 広島東洋カープ25年ぶりのリーグ優勝!真っ赤に染まったカープ国カープ県カープ市に、地域密着の完成形を見た件。 : スポーツ見るもの語る者〜フモフモコラム

    広島東洋カープ25年ぶりのリーグ優勝!真っ赤に染まったカープ国カープ県カープ市に、地域密着の完成形を見た件。 Tweet Share on Tumblr カテゴリ:野球 2016年09月11日00:16 広島東洋カープ、25年ぶりの優勝おめでとう! ファンでも何でもないんですけど、イイものを見ました。カープが優勝するところ、初めて見た気がします。25年前…はたして自分は何をしていたのか。野球は見ていたような気がしますが、カープのことは特に気にかけていなかった。 僕が最後に頂上決戦で記憶しているカープの姿は、1991年の日シリーズ6戦・7戦で西武にボッコボコに打たれて王手からの逆転負けで日一を逃す場面。渡辺久信から工藤という黄金リレーでつかんだ日一、西武がもっとも輝いていた時代の記憶です。そのライオンズブルーの向こう側で薄っすらと赤い色が見えた気がする…そんな記憶です。 25年という途

    広島東洋カープ25年ぶりのリーグ優勝!真っ赤に染まったカープ国カープ県カープ市に、地域密着の完成形を見た件。 : スポーツ見るもの語る者〜フモフモコラム
    izayuke_tarokaja
    izayuke_tarokaja 2016/09/22
    "「自分が生きているうちに一度は見たい」…どんな結果であろうとも一生をともに寄り添うのだという決意""生まれたときからそこにあり、死ぬまでそこにあるものになったとき、スポーツはその地域と融合する"
  • ワールドポーターズの向かいに佇む奇妙な団地の正体は? - はまれぽ.com 神奈川県の地域情報サイト

    ココがキニナル! ワールドポーターズの向かいに見えるぼろい団地はどうして残っているのか気になります。綺麗な景色の中でそこだけすごく浮いていて変…(chhipさんのキニナル) はまれぽ調査結果! 残っている団地も来年夏には姿を消します。築50年の建物群にノスタルジーを感じる人もいるが、そこに住む人にとっては現在進行形の生活空間です。 取り残された人と場所 その団地の名前は「海岸通団地」。中区海岸通5丁目にある総数460戸の公団住宅だった。 だった、というのは現在建替えが進み、もともと9棟あった建物は4棟を残して既に姿を消しているからだ。 ランドマークタワーとの対比。確かに異彩を放つ佇まいだ 海岸通団地は戦後の住宅難解消のために建てられた公団住宅であり、入居開始時期は昭和33年。 団地ファン、団地萌えと呼ばれる人々にはよく知られた団地でもあった。 廃墟のようで怖いという人もいれば、懐かしい感じ

    ワールドポーターズの向かいに佇む奇妙な団地の正体は? - はまれぽ.com 神奈川県の地域情報サイト
    izayuke_tarokaja
    izayuke_tarokaja 2013/08/16
    "団地を含めた一帯は…再開発が進められ…建替えはその一環""(自治会長の)平山さんは「団地ができた時まわりは何もなかった…再開発で…勝手に一等地にして、相応の家賃を払えっておかしいでしょう」"
  • くらし☆解説  「実家のたたみ方 教えます」 | くらし☆解説 | 解説委員室:NHK

    【前説】 こんにちは。くらし☆解説です。地方の実家で暮らしていた親御さんが亡くなったり、介護施設に入ったりして、住む人がいなくなったとき、実家をどうするのか、考えてみたことはおありでしょうか? 実家をどうやってたたむのか、新たに始まろうとしている支援のための取り組みも含めてお伝えします。後藤千恵解説委員です。 【質問1】実家をたたむ・・。あまり考えたことがなかったのですが、なぜ今、そこに焦点があたっているんでしょうか。 地方で一緒に暮らしていた子どもが都市部に出て別の家をもつ、その後、実家の親御さんが亡くなったり、介護が必要になったりして家に住めなくなって、空き家になるというわけです。東京など大都市圏と違って、地方はどんどん人口が減っていますので、古い住宅をすぐに売ったり、貸したりできる状況ではないんです。実は65才以上の高齢者のうち、子どもがいるけれど、一緒に住んでいない人は51%と

    izayuke_tarokaja
    izayuke_tarokaja 2013/05/02
    親が元気なうちに親子で話し合う。残すか解体するか売却か賃貸するか、大きく4つの選択肢"思い出の品や仏壇など…をどうするのか…まで具体的に話し合っておくと、いざというときスムーズに事が運ぶ"
  • バス停名になったお店は今でもあるのか見に行く旅 :: デイリーポータルZ

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    izayuke_tarokaja
    izayuke_tarokaja 2012/11/10
    "「…バスも昔はもっとあったんだけど、今は学校の通学だけ」""『隣に店もあるし、バス停もすぐ近くだから』って言われて、嫁いだ時は都会にきたような気がしてたけど、今はもうこんなですよ、アハハハ」"
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