「その方とは、喧嘩をしたから今ではご挨拶もしませんのよ」 こう言ったのは、同じマンションのHさん。八七歳のご近所さんである。 絵が好きだというHさんは白髪のショートへア。八十代の女性にしては背が高く大柄であるが、ここ数年で少しばかり背中が丸くなった。物腰が柔らかく「山梨の美術館は素敵でしたよ」時折、美術館の情報まで教えてくれる上品なお人。 わたしは Hさんの言う「その方」を知らないが「へぇ〜」とか「ほぉ〜」とか言いながら聞いている。で、聞きながら思っているのだ。 人との関わりで生じる行きちがいは、幾つになってもなくならなさそうだ、と。 ご近所同士であっても、かつては仲良く過ごした関係であっても、そして、他人たるもの自分とは違うと知っているはずの大人であっても、心地よい距離感を保つのは相当難しい。 いつの日かわたしも、 「西野さんとは喧嘩したから、今ではご挨拶もしませんのよ」 こう言われる日