私ぐらいになると(?)新聞とかべつに読まなくてもいいんだが、ネタ探しのつもりもあってこのweb版『人民の敵』を始めた昨年夏から、なるべく毎日(しょっちゅうあちこち動き回って本拠の福岡を留守にしてることも多いんで購読契約はせず、その都度わざわざコンビニで買って)新聞を読むようにしている(そのわりには“時事ネタ”を書くことは少ないけれども)。で、昨日(6月8日)の朝日新聞の国際面の記事の中に、こんな一文があった。 容疑者は40歳のアルジェリア人とされ、フランスの大学に籍を置いて論文を書いていた。過激思想に染まった兆候は見られなかったものの、パリ郊外の学生宿舎の家宅捜索でビデオが見つかったという。 パリ警官襲撃、ISに忠誠か とくに何の変哲もない文章だとたいていの人は思うだろう。しかし私は「ん?」と引っかかった。内容にではない。「過激思想に染まった」という表現である。「昔の新聞って、こんな表現を
前回、紙版『人民の敵』第29号および第30号について紹介したばかりだが、その後さらに第31号を刊行したので今回もまたその販促を兼ねた内容紹介をしよう。 すでに書いたとおり、私と誰かの対談や座談会のテープ起こしを主なコンテンツとしてきた紙版『人民の敵』の新趣向として、第29号から今回の第31号にかけて、福岡でやっている読書会の模様を“完全再現”してみた。第29号では森元斎『アナキズム入門』(筑摩新書・2017年3月)をテキストとした3月19日の読書会、第30号では栗原康『現代暴力論』(角川新書・2015年)をテキストとした3月26日の読書会である。しかし『現代暴力論』は1回約5時間の読書会では読み終わることができず、4月2日に改めて後半を読み進む読書会をおこなって、それを“完全再現”したのが第31号の“コンテンツその1”となっている。 そもそもこの計3回の読書会は、1回目を終えてみて「“検閲
ツイッターのアカウントを止められている。 別に過激なツイートが問題になってとかではなく、単にいわゆる“複数アカウント”の使用者をツイッター当局が急に摘発しまくってるあおりを受けたのであるらしい。 先日レポートした第6回「学生向け教養強化合宿」の最終日・3月10日あたりにアカウントを凍結されていることに気づいた。実際に凍結されたのもこの日のことであるようだ。 ページのトップに 「現在、ご利用のアカウント(@toyamakoichi)は凍結されています。 詳しくは、『凍結されたアカウント』をご覧ください」 という表示が出るようになったので、その“凍結されたアカウント”というツイッター当局による解説ページを見てみた。「ヘルプセンター」の中の1つのページだった。 「異議申し立てをすることによって、アカウントを凍結解除できる場合があります」 という記載がある。 「こちらをクリックし、異議申し立ての詳
前回からつづく そう、我々の世代には“活動家”が多いのである。 “青いムーブメント”にリアルタイムで感応した層を最も広くとればおそらくブルーハーツの(かなり熱心な)ファンたちということになる。あるいは当時の私の同志の1人は、“たけし軍団”に熱烈に思い入れた若者たちを含めてもいいのではないかと云っている(そういえば浅草キッドの水道橋博士は私の93年の著作『さよならブルーハーツ』をその後かなり長いこと繰り返し絶賛していた)。もちろん“ブルーハーツ”や“たけし軍団”は象徴的に代表させて挙げているだけで、他の固有名詞を(音楽で云えば例えば“タイマーズ”とか“たま”とか“エコーズ”とか“ストリート・スライダーズ”とか“筋肉少女帯”とか、あるいは“ニューエストモデル”つまり私は大嫌いな現在のソウルフラワーユニオンごときの前身をさえ)代入してもかまわない。80年代後半に、単に「トレイントレイン」とかを当
ここんとこずっと、せいぜい近所のコンビニに新聞やタバコを買いに出る以外は自宅にこもったきり、ほとんど風呂にも入らず、紙版『人民の敵』に掲載する対談などのテープ起こしをガムシャラに進め、疲れたら横になって気分転換のつもりのミステリ小説をつい読み耽ってしまい、やがてそのままウトウトして、また目が覚めたらテープ起こしの続きを……という“昼夜逆転”どころか何らかのサイクルそのものが存在しないような生活で、さきほどようやく編集、印刷、製本そして発送まで(発行予定日から3週間遅れで)完了して、気がつくとこのウェブ版『人民の敵』の前回更新から10日以上も経っているではないか! 最低でも週イチで更新するつもりなのに、面目ない。 さて完成したばかりの紙版『人民の敵』第27号。 コンテンツは2本で、“その1”は20年来の友人・藤村修氏との“時事放談”、“その2”は約7ヶ月間の全国ツアーをさきごろ終えたばかりの
支援者向けの月刊誌『人民の敵』の第26号が出たので以下、宣伝を兼ねて書く。 今回はまず、『日本会議の研究』(扶桑社新書・4月)のベストセラー化で一躍“時の人”となった感のある菅野完氏、日本国体学会理事で亜細亜大の講師も務めている政治学者の金子宗徳氏、そして一昨年の都知事選での“舛添サンほめご…いや大絶賛キャンペーン”に際しての名人芸級のアドリブ街宣でもおなじみの「維新政党新風」若手活動家・山本和幸君という、“右翼方面”の3名の友人知人との東京での歓談テープ起こしが“コンテンツその1”である。主に菅野氏と金子氏とをお引き合わせすることを目的に、すでに双方と(菅野氏とは“反原発右派”つながりで、金子氏は私が編集した“反体制右翼マガジン”『デルクイ』の執筆者でもあり)面識のあった私が7月にセッティングしたのだが、あろうことかまさにその当日、例の“陛下、生前退位の御意向”の第一報が流れ、揃いも揃っ
早稲田大学の学園祭に(元)在特会の桜井誠氏が呼ばれ、当然ながらいわゆる「カウンター」、反ヘイトスピーチの運動を担ってきた人々から抗議が殺到し、中止になるという事件が起きた。 桜井氏を呼ぼうとしたのは、もちろん(?)早大祭の実行委員会や早大当局などではなく、早大祭に参加しているたくさんの学内サークルの1つである。「人物研究会」なるサークルで、どうやら“公認サークル”であるらしい。とくに政治的なサークルではなく、むしろノンポリの集団であるようだ。 今回の早大祭での同サークルの企画は「裏・東京都知事選」と題され、7月の都知事選に出馬した中から5名のいわゆる“泡沫候補”を呼んでの討論会のようなイベントを開催しようとしていたのだと思われる。他の4名からは圧倒的に抜きん出て10万票以上を獲得した桜井氏も、学生たちに“泡沫候補”扱いで同じ枠にくくられてしまったということだろう。どうであれ、徹頭徹尾“オフ
サンダースにはがっかりだ。 ファシストというのは、創始者のムソリーニからしてそうであるように出自が左翼なものだから(ムソリーニは元々はイタリア社会党の極左派指導者。他にもフランスのジャック・ドリオ、イギリスのオズワルド・モズレーなど、戦間期の各国の代表的なファシストには“元極左”を含む左翼出身者が多い)、私も元左翼の血が騒いで、今回のアメリカ大統領選の中盤(?)の“サンダース旋風”についつい心ときめかせてしまったが、不覚だった。 とはいえ、奇跡的に“面白い”選挙だった。常々公言しているとおり私は“選挙そのものに反対”の反民主主義のファシストだし(ファシズムも色々で、ムソリーニのファシズムは自由主義的で反民主主義的、ヒトラーのナチズムは民主主義的で反自由主義的だ)、少なくとも私自身は今後も“選挙によらない”日本ファシズム革命を目指すが、さっすが先進国アメリカはどこぞの後進土人国家とは違って多
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