「ガンを治したい」 キャンバス社長の河邊拓己が医学の道を志したのは、高校時代に先輩の日記を読んだのがきっかけだった。 その先輩は高校時代に骨肉腫になり、闘病しながら東京大学に進学したが若くして亡くなった。彼の苦悩を綴った日記に心を揺さぶられたのだ。 獣医や原子物理学者に関心があったが、先輩の死を通じてガンと闘うことを決意した。 目標どおり、京都大学医学部に進み、内科医となった河邊だったが、現実には無力感と焦燥感を味わう日々を送っていた。 というのも、乱暴な言い方をすれば、内科医の仕事は患者にガンの宣告をしてしまうと、それでおしまい。外科手術も化学療法も内科医の仕事ではない。 しかも河邊が内科医だった1980年代半ばからガン研究は飛躍的に進歩し、そのほとんどが実現することはなかったが、新聞には「ガンに夢の新薬」の文字が躍っていた。 大学卒業時に基礎研究に進む選択肢もあったのに、「基礎研究はま