小説の文章を他の文章から区別する特徴は、小説のもつ独特の文章ではない。なぜなら小説に独特な文章といふものは存在しないからである。 「雨が降つた」ことを「雨が降つた」と表はすことは我々の日常の言葉も小説も同じことで、「悲しい雨が降つた」なぞといふことが小説の文章ではない。 勿論雨が「激しく」降つたとか「ポツポツ」降つたとか言はなければならない時もある。併(しか)し小説の場合には、雨の降つたことが独立して意味を持つことはまづ絶対にないのであつて、何よりも大切なことは、小説全体の効果から考へて雨の降つたことを書く必要があつたか、なかつたか、といふことである。 小説の文章は必要以外のことを書いてはならない。それは無用を通りこして小説を殺してしまふからである。そして、必要の事柄のみを選定するところに小説の文章の第一の鍵がある。 即ち小説の文章は、表現された文章よりもその文章をあやつる作者の意慾により