■「町が元気に」 木古内駅(木古内町)の近くにある食堂「駅前飯店 急行」には、26、27の両日とも普段の2、3倍の約50人が訪れた。「新幹線の効果でしょう。うれしいね」。店を営む垣内キミさん(87)は喜んでいる。 1958年に駅前にオープン。店名には「木古内にも急行がとまってほしい」との願いを込めた。当時の町の人口は今の3倍近い1万3千人。「急行」も数十人の宴会が多い日は数回入るほどだった。68年には念願の急行列車がとまった。 ただ、88年の青函トンネルの開通ブームも長続きはしなかった。 夫は60年に病死。再婚した男性も91年に亡くなった。垣内さんも心臓を手術し、95年ごろからメニューを焼きそばのみにした。タマネギや白菜、豚肉にかまぼこが入ったしょうゆ味ベース。直径40センチほどの中華鍋を片手で振るので、手が腱鞘炎(けんしょうえん)になったことも。最近は足が痛く、厨房(ちゅうぼう)に立つの