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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (11)

  • 呪いをかけられなかった娘 - 傘をひらいて、空を

    三十歳前後からまわりの女たちの半分くらいが変な感じになった。結婚するとかしないとかできないとかしたくないとか、そういうことをやたらと言うようになった。わたしは全員に「そお」とこたえた。そんなの好きにすりゃあいいじゃんねえ、と思った。日における結婚は自由意思に基づく契約行為である。契約内容は民法で決まっていて、その効力は当人二名のあいだに及ぶ。それから養育される子どもや相続が発生しうる親族には関係がある。でもそれ以外にはまったく関係がない。どうして契約主体でない他人の結婚をとやかく言うのか。まして友人結婚相手なんか完全にどうでもいい人である。そんなのをやいやい話の種にするなんて変だなと思った。 結婚しないのかとわたしに訊く友人もあった。わたしは何も考えず「しない」とこたえた。どうしてと問うので「必要ないから」とこたえた。あれはないわ、と同席していた別の友人があとから言った。あれは嫌われる

    呪いをかけられなかった娘 - 傘をひらいて、空を
  • マイノリティに科せられる罰金 - 傘をひらいて、空を

    マニュアルも前例も上長もあてにならないトラブルが生じたので先輩を訪ねた。先輩はわたしの切り札である。わたしより十ばかり年長の女性で、とても頭の切れるひとだ。無駄口をきかず無愛想でとっつきにくく、同じ部署の人によると、誰が居残っていても自分の仕事が終わればさっさと帰るのだという。話すとおもしろいし、実は親切で、わたしは好きだった。 先輩からインフォーマルな情報を仕入れ、わたしの考えを聞いてもらい、最終的な判断は保留にして(先輩はわたしが自分で判断することを好む)、それからわたしはお礼を言う。こうやって助けていただくのって一年ぶりくらいでしたっけ。いつもありがとうございます。わたし、初の女性管理職という名目でいろいろ押しつけられちゃってるんですよ。ほんとうなら先輩が先にそうなってるはずなのに、さては先輩、断りましたね、わたしくらいのときに。 断っちゃいないわよ。先輩はにこりともしないまま答える

    マイノリティに科せられる罰金 - 傘をひらいて、空を
  • 教育の欠如と欲求の不満がもたらすもの - 傘をひらいて、空を

    くそばばあ、かあ。彼女は言う。うん、くそばばあ。私はこたえる。ことのほか気合の入った長文の罵倒メールを受け取ったので、法律家の友人と遊ぶついでにプリントアウトを持ってきたのだ。友人はげらげら笑い、よう、くそばばあ、この差出人によるとくそばばあ臭がするらしいじゃん、かがせろ、と言って、テーブルに身を乗りだした。それからラインマーカーで「くそばばあ」どころではない、書くにはばかられる語彙を塗りはじめた。 インターネットなんかやってるから悪いんだよ。彼女はむちゃくちゃなことを言う。自分だってSNSを使っているくせに。SNSだってインターネットじゃないか。私がそのように抗議すると、彼女はひらりと手をかざし、ちがう、と首を振る。わたしのSNSは相互、マキノのブログは一方的。一方的に読まれていれば文句を言いたい人が沸いて出るのがこの世の常ですよ。 差出人はリアルな知人かなあ、と私は尋ねる。ちがう、と彼

    教育の欠如と欲求の不満がもたらすもの - 傘をひらいて、空を
  • 明るい人の明るい理由 - 傘をひらいて、空を

    あけましておめでとうございます。あ、アウトだ、これ。 渡部さんがそう言い、私はあいまいに笑う。視界に入っている他の二人も、おそらく同じような表情をしている。私たちは社内読書部(会社非公式。活動内容・ときどき都合のついた者が集まってランチ会または飲み会を開き、の話をする。要らなくなったをやりとりする)の仲間だ。仕事の話よりの話をする、およそ会社の利益には貢献しない集団だけれども、の話しかしないというルールはとくにないので、なんとなし個人的な話を聞いたりもする。もちろん、個人的な話をいっさいしない人もいる。 仕事に関係のない、とくに小説だとか、実用性を持たないとされているを、大人になってもやたらと読んでいる人間は、おおむね性格がめんどくさい。率直な人、社交的な人、陽気な人もいるけれども、内面を開くと、なにがしか薄暗いものを抱えている。いいもん、と以前の会で誰かが言っていた。どうせわ

    明るい人の明るい理由 - 傘をひらいて、空を
  • おまえはきっと帰らない - 傘をひらいて、空を

    四捨五入して四十ともなると親の介護が話題にのぼる。女ばかりでかこんだテーブルの、見慣れた顔のひとつが言う。みんな、まだまだ先だって思ってるでしょう、うちの親はまだ若いから、元気だからって。むしろ子育ての戦力に数えてたりしてね。親もその気で、事実、元気なんでしょう。でもねえ、六十過ぎたらガタは来るのよ。確実に来る。人間は年をとって、とるごとに弱って、それで死ぬのよ。みんなしんとしてそれを聞き、はーっとため息をついた。 私はその顔のなかにひとつだけ平然とした顔をみつける。そうかと私は思う。彼女は家出人なのだった。介護もなにも、生家と音信不通で、結婚もしていないから義理の親というものもいない。事情を知っているもうひとりが言う。そうはいってもいざ実の親が介護が必要な状態になって、それでも放っておくのは、けっこうきついんじゃないかな。私は、子どもにろくなことしなかった親にまで孝行しろとは思わないけど

    おまえはきっと帰らない - 傘をひらいて、空を
    kaeru-no-tsura
    kaeru-no-tsura 2015/02/05
    呪い。年末年始の帰省でとうとうこのことばを口にした。ずっと絶対にこれだけは言うまいと思ってきたけど
  • 自意識補填ビジネスと私 - 傘をひらいて、空を

    延々とブログなんか書いていると、年に一回くらいの頻度で「この媒体に載せてやるから金を出せ」という趣旨のアプローチがある。投稿者の原稿を掲載する雑誌だとか、そういうのだ。そのたびに私はなんだか、うっすらと、しかし特有の、不快感を覚える。私はお金を払って原稿を掲載されたいと思わないから、それは不要な勧誘だ。ただそれだけのものだから、メールにスパムの印をつけてそのまま忘れてしまえばいいのに、都度、少しだけ、そのメールを覚えていて、うっすらと不快な感覚を維持してしまう。 そういった宣伝のメールの第一声はたいてい、「ブログ読みました!ステキですね」というようなものだ。感想めいたお世辞を連ねるものさえある。もちろん多くはテンプレートだけれども、それにしても、なんだかすごいな、と思う。商売目的で素人の文章を読んでお世辞を書くってどんな気分だろうと思う。その種の宣伝を受け取った経験は一度や二度ではないので

    自意識補填ビジネスと私 - 傘をひらいて、空を
  • 飛ぶものに変わる - 傘をひらいて、空を

    口にしてはならないもの。氏名、所属、住所、電話番号。できるかぎり避けるべきもの。自分に強く関連する誰かやどこかの固有名詞。口にしてもかまわないもの。漢字なしのたがいの名前、簡単に変更でき重要な知人との連絡に用いていないウェブサービスのアカウント、おおまかな職種、おおまかな生活、年齢、彼らの使用する巨大なターミナル駅から乗りこむ路線、読んだ、聴いた音楽、過去の愛に関する物語、軽蔑する人間についての描写、子どものころに怖かったもの、昨日服を買った店、抽象的な議論、偏狭な美意識、あらゆる種類の嘘。 そのようなルールがはじめから存在したのではないけれども、はじめから一年ばかり経つその夜に至るまで彼らはそれを、結果的に遵守している。彼らに共通の知人はなく、共通の所属はなく、たまさか同じ場所に居あわせて少し口を利いて、なんとなし好ましく感じて、また会う気になって、その次も会う気になった。二度目のとき

    飛ぶものに変わる - 傘をひらいて、空を
  • あなたの高貴な仕事 - 傘をひらいて、空を

    フロアのちがう部署に電話をかけると、なんだかずいぶん長いこと呼び出し音が鳴っていた。知っている声が出て、わあ、マキノさん、と言う。顔見知りの、すれ違うと用がなくてもにこにこして近寄ってきて他愛ない話を少しだけしていくような、可愛い人だった。相手が私だからそうするというのではなくて、多くの人に彼女はそうなのだった。あの愛想のいいお嬢さん、と私の先輩なんかは言うけれども、ほんとうは社歴も長くって、その呼称が似つかわしいキャリアの持ち主ではなかった。彼女は華やかな声で、私のつないでほしかった人を呼んだ。 彼女の所属する部署のリーダをつとめる同僚を見つけて、内線、減ったの、と訊くと、減らした、と彼はこたえる。夜中で、自動販売機のところに私たちはいて、だからまずはそれぞれが飲みものを買ってプルタブを引く。大きい音、と私は思う。大きくて、なんだか大げさだ。美味しそうに聞こえるように、きっとデザインされ

    あなたの高貴な仕事 - 傘をひらいて、空を
    kaeru-no-tsura
    kaeru-no-tsura 2013/03/12
    ……(言いたいことをぐっと堪える)
  • 作文が終わらない - 傘をひらいて、空を

    七つの女の子と話をしていたら、作文が終わらなくて困っているという。彼女は小さい子にしては要領よくしゃべるんだけれども、なにしろ七歳は七歳なので、話がくどい。しかもしょっちゅう脱線する。最後まで聞いて推測するに、どうやら何を書いて何を省くかがわからないので作文が長くなっている、ということらしかった。 学校の授業の作文で七五三の話を書くことにして、けれども原稿用紙六枚書いてもまだ、当日の朝ごはんが終わらない。メニューとその匂い、湯気のようす、パンの焼き加減の好みに関する主張で六枚目が終わってしまった。今までのぶんを捨てて書き直すべきか、という意味のことを、彼女は言う。読ませて頂戴と言うと、ずいぶんとはずかしがってから、結局読ませてくれた。 八枚切りのパンを焦げるぎりぎりのところまで熱してからバターを塗り、しみこませてべる、ジャムはパンに塗るべきではない、ヨーグルトにいっぱい入れたほうがいい、

    作文が終わらない - 傘をひらいて、空を
  • 悲鳴として悪は成される - 傘をひらいて、空を

    喉の詰まる感覚をおぼえて自席を離れた。なにかがときどき彼の喉に発生するようになって数ヶ月が経つ。何を飲んでも流れないけれども儀式めいてなにかを飲む。自動販売機の前で彼は立ち止まる。梅雨冷えの空気に肌が薄く粟立ち、よく冷えた缶が飲み物に見えなかった。 コーヒーを飲もうと思う。管理職が私物のコーヒーメーカを持ちこんでいる部署がある。顔を出すと当の管理職である加賀さんだけがいて彼はひどくうろたえる。コーヒー淹れましょうかあと言われて、なんだか逃げ場がなかった。時間を考慮せず申し訳ございませんと彼は言う。加賀さんはへんな顔をして、僕が淹れるコーヒーが飲めねえかあ、と芝居がかった口調をつくる。 ああ中堀さんコーヒーですかと声が聞こえて彼はびくりと振り返る。加賀さん唐揚げ弁当ありましたよ。わあい。槙野さんは何たべるの。豆サラダとおにぎりです。ダイエットお?やだねえ。ダイエットがいやなのは加賀さんです。

    悲鳴として悪は成される - 傘をひらいて、空を
  • 愛に殉じたそのあとに - 傘をひらいて、空を

    里佳子さんがふたつ年上の夫と結婚して三年になる。子どもができたので退職するという。おめでたい話だ。けれど里佳子さんに限っては少なからぬ数の社員が個人的にざわついており、不審がった後輩が私のところに理由を尋ねに来るほどなのだった。彼は訊いた。なんで家庭に入るとまずいみたいな感じなんですか。あの人旦那さんラブだし別によくないですか。そうとも里佳子さんは旦那さんラブだよと私はこたえた。だから私たちはどうしたらいいかわからない。 最初に里佳子さんとその夫の問題に気づいたのは、自分の結婚式の二次会に彼らを招待した社員だった。里佳子さんたちはまだ新婚だった。ふたりのそばを通ったときに聞こえたせりふに彼女はひやりとした。これだから頭の悪い女はいやなんだ。 あとは里佳子さん人から、少しずつ聞き出した。里佳子さんは愚痴を言わない。ただ彼女が当たり前だと思っている話が、当たり前でない内容をふくんでいる。里佳

    愛に殉じたそのあとに - 傘をひらいて、空を
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