以下は、7000字に及ぶ詳細な書評を通して、文芸/文学としての「怪談」ないし「怪談本」そのものへの批評へとアプローチする内容。もはや、怪談に興味があるのであれば、本書に興味がなくても必読といえるものになっている。 以下、試し読み四話。 試し読み四話 死体忘れ 三十年以上の登山歴を持つベテラン登山者のコミヤさんは、北海道で一週間ほどかけて幾つもの山を縦走したことがある。普段は北関東や甲信越の山を中心に登っているのだが、一年か二年に一度、そうやって遠征登山をしているのだ。 時期は春と夏の間ごろだ。北海道には梅雨がないから、本州よりも天候はいくらか安定している。本格的に夏になると登山者も増えてくるので、静かな山を狙ってこの時期にしたのだという。 山に入って五日目の夜、ある登山者と避難小屋で共に一晩を過ごすことになった。五十代か六十代の、背が高くがっしりとした体つきの男だった。 陽がかなり傾いてき