数日前に「大阪文化芸術フェス2017はどこらへんが大阪の文化芸術なんやろか?」を書いてfacebookでたくさんの反応やコメントをいただいてから考えたのは「そもそも大阪の文化行政はいつからはじまったのか」ということでした。 そもそも大阪で文化の基盤をつくっていたのは民間でした。江戸時代にさかのぼると淀屋橋、町人学者がつくった懐徳堂、大正時代には中央公会堂が民間の手によってつくられました。 「イケてる時代もあった」と聞きます。そんなわけで、知識があやふやですが、大阪の文化行政について年表をつくってみます。この記事は常に作成中になりそうです。 1970年代以前/大阪の文化はもともと民間が支えてきた 1970年代までは、民間が文化行政に先行してアートの現場をサポートをしていました。1958年は朝日新聞社が日本で初めての本格的なコンサートホール「フェスティバルホール」を開館しました。 この頃、日本