2022/01/13 更新 2022年度 秘境駅ランキング発表 札沼線 豊ケ岡駅 またひとつ、思い出の駅が失われていく… あなたは、 +215700人目の秘境駅訪問者です。 ようこそ「秘境駅」のページへ!ここでは日本全国の鉄道路線に現存する、周囲に人家が少なく大自然の真っ只中にある駅を 紹介しています。こうした駅は今日のモータリゼーションの普及や、過疎化の進行により利用者が減少したことで、路線そのものが 廃止されることが多い現在、奇跡的に生き残った貴重な存在と言えましょう。これらの駅はローカル線に限らず、特急列車が通る 幹線にも存在します。けれども、訪問には多くの難題があり、普通列車でも通過が多い場合には、なかなか降りるチャンスに恵まれ ません。また、駅へ続く車道はおろか、歩道さえ無いこともあり、簡単に到達出来るも
1924年(大正13年)9月20日:芸備鉄道の駅として開業[2]。 1933年(昭和8年)6月1日:芸備鉄道の一部国有化により[1]、国有鉄道庄原線の駅となる。 1936年(昭和11年)10月10日:庄原線が三神線に編入され、当駅もその所属となる。 1937年(昭和12年)7月1日:三神線が芸備線の一部となり、当駅もその所属となる。 1962年(昭和37年)3月11日:貨物取扱廃止[1]。 1972年(昭和47年)9月1日:荷物扱い廃止[3]。無人駅化[4](簡易委託駅化)。 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる[1]。 2008年(平成20年)4月1日:簡易委託による乗車券発売を終了。 構内(2010年5月) 島式ホームの片側が使われていない1面1線のホームを持つ地上駅。以前は島式1面2線のホームだったが、駅舎側の線路(旧上り線)
庄原市の代表駅である。かつては急行列車も停車したが、現在は普通列車のみで本数も少ない。ここから広島市に向かう場合、運賃は鉄道に比べて330円(広島バスセンター・広島駅まで)高いが、当駅前より発着する高速バス(広島 - 三次 - 庄原 - 東城線)を利用する方が所要時間が短く、また市内中心部の広島バスセンターに乗り入れるため便利である。三次市へ向かう際も運賃は130円高いが、備北交通三城線の方が1時間に1 - 2本で、芸備線の列車よりもはるかに多く運転されている。 「備後」が付いているのは、同音異字の荘原駅(山陰本線)が1910年に開業していたからである。 リニューアル前の駅舎(2007年10月) 1923年(大正12年)12月8日:芸備鉄道が塩町駅(現・神杉駅)から延伸した際の終着駅として開業[1]。 1933年(昭和8年)6月1日:芸備鉄道買収により同線は庄原線として国有化。国有鉄道の駅
当駅の所属線である芸備線[1]と、当駅を終点とする木次線が接続する駅で、中国山地の山間部に位置する[2]。1935年(昭和10年)に開業し[2]、1937年(昭和12年)に木次線が乗り入れてからは備北地区の基幹駅の一つとして機関区宿泊所・保線分区・通信分区などが設置され、一時は200人超の職員が勤務し[3]、準急/急行「ちどり」などの優等列車の機関車付け替え・分割併合・スイッチバックなどが行われていた。また、駅前には2軒の旅館[2]・タクシー・食堂・理髪店などが進出し、「落合銀座」と呼ばれるほど盛況した[4]。しかしその後は蒸気機関車から気動車への置き換えによって職員数が減少し[4]、過疎化・道路網の発達[注 1]により利用客も減少した[2]。 平成に入ると、備後落合駅はワンマン列車のみの発着駅となった[4]。利用者数が減少してからも3人の係員が常駐し、駅で折り返す木次線列車の運行管理・出
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