英語では他のヨーロッパ諸語に比べて仮定法(接続法)の存在感が薄いように感じますが、それには何か理由があるのでしょうか? 質問者のおっしゃる通り、英語は他の主要なヨーロッパ諸語の多くと比べると仮定法(接続法)の出番が少なく、存在感が薄いですね(以下「仮定法」の用語を用います)。 英語史の観点からその理由を一言でいえば、音韻変化とそれに続く形態変化の結果、動詞の仮定法の屈折語尾が直説法の屈折語尾とほぼ合一してしまったからです。仮定法が形式的に直説法に飲み込まれてしまったため、仮定法はそれに応じて機能的にも衰退することになりました。 現代の他のヨーロッパ諸語でも、古い時代と比較すれば、同じ理由で多かれ少なかれ仮定法は衰退してきているのですが、英語に関しては衰退の程度と速度が他よりも著しいために、存在感の薄さが際立っているということです。 実は古英語(紀元449--1100年くらい)の段階でも、直