娘が何か言葉を発するようになった。 それも単発のものではなく、何か意味のありそうなくらいに長く言葉を発するのだ。 その意味を読み解くことはできないが、何かしらの意思を明確に示していることは間違いなさそうだ。 どんどん要求が明確になっていく。 こうやって自我が形成されていくのだろう。 歳とともに、自分の成長を実感する機会は少なくなっているけれど、娘の成長を通して、確かに時が流れていることを実感する。 時の流れるスピードは同じではない。 歳を取れば取るほどに、1年間の人生に占める割合が小さくなるのだから、1年間が短く感じることも頷ける。 極端な話、20歳の時の1年間と、40歳での1年間では、2倍ほど体感スピードが違うのかもしれない。 すぐに娘は私にもわかる言葉を発するようになるのだろう。 それは私に取っては一瞬の出来事のように思えるかもしれない。 しかし、娘にとってはとても長い道のりなのだろう