北陸の片田舎の役場の年金係の若い女が、ふらりと歌を歌いたくなり、村を出、東京に出てくる。 彼女は米軍キャンプやキャバレーをまわり、67年にムード歌謡『東京挽歌』でレコードデビューする。浅川マキである。 寺山修司に見出され、彼の小屋であったアンダーグラウンド・シアター「蠍座」にて公演をはじめて行ったのが、68年。「夜が明けたら」で再レコードデビューを果たすのが69年である。 以来、98年に至るまで彼女は淡々とアルバムをリリースしつづけた。 寺山修司に始まり、萩原信義、今田勝、坂本龍一、山下洋輔、坂田明、吉田建、泉谷しげる、つのだひろ、後藤次利、近藤等則、本多俊之、渋谷毅、Bobby Watson、 原田芳雄、土方隆行、飛田一男、向井滋春、セシル・モンロー、山木幸三郎、川端民生、山内テツ……。マキの周りにはいつもギラギラした男がいた。刃をきらめきのように鋭く冷たい輝きを湛えた音の粒が、あった。