内田裕也さん逝く 79歳 希林さんの死から半年 もう聞けない“ロケンロール”
ヒット曲「ドレミの歌」などで知られ、女性として初めて日本歌手協会の会長も務めた歌手のペギー葉山さんが12日、肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。83歳でした。
独創性の高い作品で世界の音楽シーンに大きな影響を与えたロックミュージシャンのプリンス(本名プリンス・ロジャース・ネルソン)さんが21日、米ミネソタ州ミネアポリス近郊の自宅で死去した。57歳だった。 地元保安官によると、午前9時43分ごろ、病人がいると通報を受けた保安官代理が自宅兼スタジオ内のエレベーターの中で意識不明のプリンスさんを見つけ、蘇生を試みたが回復しなかった。死因は捜査中という。米メディアによると、4月上旬のコンサートをインフルエンザを理由に延期。14日の公演後に体調が悪化し、治療を受けた後、自宅で療養していたという。 ミネアポリス出身。78年にアルバムデビューし、ポップス、ロック、ファンクを融合したスタイルや過激な性的表現を含んだ歌詞で注目を集めた。80年代に入り、アルバム「1999」(82年)や同名の映画も公開された「パープル・レイン」(84年)が大ヒットし、世界的スターとな
シーナ&ロケッツのシーナさん死去 5枚 4人組ロックバンド「シーナ&ザ・ロケッツ」のボーカル、シーナさん=本名・鮎川悦子=が14日朝、子宮頸がんのため、入院先の都内の病院で亡くなった。61歳だった。夫で同バンドのギタリストの鮎川誠がデイリースポーツの取材に応じ、「35年一緒に(シナロケを)やれて、幸せでした。ファンの方にも幸せでした、と伝えてください」と悲しみをこらえ、気丈に話した。 シーナは昨年7月、急病でライブ出演をとりやめたが、鮎川によると、この時、末期の子宮頸がんと診断されていたという。8月にステージ復帰。9月13日に日比谷野音で行われたシナロケの35周年ライブにも出演したが、この時、体調が悪いことを伏せて、ステージに立っていたという。 その後、体調が悪化し、11月下旬に入院。正月は自宅に戻り、家族で過ごすことができたが、今年1月中旬に容態が急変。再び入院。この日、家族が病室に集ま
「東京だョおっ母さん」「人生いろいろ」など、戦後の歌謡界で多くのヒットを飛ばした歌手の島倉千代子(しまくら・ちよこ)さんが死去した。75歳だった。 東京都品川区生まれ。日本コロムビアの歌謡コンクールで優勝し、55年、「この世の花」でデビュー。57年、「東京だョおっ母さん」が大ヒット、NHK紅白歌合戦に初出場する。60年には美空ひばりと一緒に「つばなの小径(美空)/白い小ゆびの歌(島倉)」を発表。89年に美空が亡くなるまで、姉妹のような交友が続いた。 「からたち日記」「すみだ川」などで紅白には86年まで30年連続出場、翌年は出場辞退したものの、この年に出した「人生いろいろ」が大ヒットし、日本レコード大賞最優秀歌唱賞受賞。若い世代にも人気が浸透し、88年に再び出場した。紅白出場は計35回にのぼる。99年、紫綬褒章。
AP通信は10日(米時間)、芸能関係者の話として米歌手のホイットニー・ヒューストンさん(48)が死去したと伝えた。同通信によると、死因や死亡した場所は明らかになっていない。ヒューストンさんは歌手として1980年代から90年にかけて米芸能界で大活躍すると共に、映画「ボディーガード」に主演して見事な演技を見せるなど一世を風靡した。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く