さて、あさひさん。長い文章になりました。 僕は中学時代、「友達のふりをする苦痛」と「ひとりのみじめさ」を天秤にかけて「ひとりのみじめさ」を取りました。グループから抜けて、ひとりでもいいと決意したのです。 それでも、何人かはときどき話しかけてきてくれました。ひとりになってさびしい時に、話しかけてくれるだけでも、それは僕にとって「おみやげ」でした。 そういう時、自分はどんな「おみやげ」が渡せるだろうかと考えました。 相手にとって何が「おみやげ」になるかを考えることは、つまり、相手を理解しようとすることです。音楽に興味のない人にいくら最新の音楽事情を話しても、それは「おみやげ」になりません。自分が興味あることと、相手が興味あることが違うことはよくあります。 相手のことを思って「おみやげ」を渡すうちに そうやって、考えながら「おみやげ」を渡しているうちに、ひとり、本当の友達ができました。たったひと