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2018年4月12日のブックマーク (5件)

  • 治るとき - ハロー風景

    ベッドで眠っていたら二階から呼び声がして、上がってみたら前にここでも書いた〈困りごと〉をが自力で解決していて感心してしまった。Webデザインの開発環境の話で、僕も「これはちょっと難しいかな」と思い始めていた。エンジニア友人にお願いするしかないかな、と思い、だれにしようか思案しかけていた。じつは数時間前には泣きそうな顔をしてたから、見ていられないから昼寝してたら治らないかな、と思ったらほんとに治ってよかった。具体的な話はさておき、こういうのって治るタイミングってないですか。まず、心身をしびれさせながら張り付いちゃうのは良くないパターンだよね。なんでもそうかもしれませんが。かといってこういうときにすっと引くのってなかなかできない。僕もできない。彼女の場合は、がっかりして肩を落としながらも一度、引き揚げてコンピューターにもふれずに栃木の温泉まで行っちゃったのがいい呼吸だったかもしれない。ポイ

    治るとき - ハロー風景
    kewpiedesign
    kewpiedesign 2018/04/12
    “こういうのって治るタイミングってないですか。”
  • お花見 - ハロー風景

    旅行から帰ってくると、いつもの家がほっとするのと共に味気ないような気もする。改めてここが落ち着くな、と思う一方で退屈しそうな日常に引き戻されたような気持ちになる。そこで、ずっと旅行している気分で暮らせないだろうか、と考えるのは自然なことだと思う。去年の夏に福井へ行った後は、蔵のある新築の家が売りにでているのが気になっていた。冬がどんなに寒いのか知らないけれど、その冬に憧れたりしていた。それはこちらで暮らしている間に少しずつ消えていった。今回は、すっかり群馬が気に入ってしまい上越新幹線なら東京まですぐだ、なんて考えている。ラパンのような小さな車を手に入れて、峠をすいすいと温泉を巡ったり遥か遠くのスーパーまで買い出しに出掛けたい、と思っている。ずっと旅行している気分で暮らせたら、どんなお金持ちよりも贅沢かもしれない。 などと考えつつ、曳舟駅の近くを散歩していたら、スカイツリーを背景に桜吹雪の舞

    お花見 - ハロー風景
    kewpiedesign
    kewpiedesign 2018/04/12
    “今、福井や群馬に暮らしている人にとっては、こんな風景が旅のように特別だと感じるかもしれない。”
  • もの作り - ハロー風景

    また、最近の気づきとしてWebページを作るのも〈もの作り〉の一つなんだ、というのがあって、当たり前のことなんだけど、じっさいにインターネットの業種にたずさわっているとそういう実感は得にくいんじゃないかと思う。手で触れるものじゃないから、というのも大きいだろうし、なんかWebの世界が高度に抽象化されていて、人間と人間はもちろん、人間とボットとか、ボットとボットの騙し合いみたいになってるので、作ってもちゃんと届いているのかが見えにくい側面がある、というのもある気がする。その居心地が良くなくて僕なんかはを作りたくなった、というのもあると思う。だから、香料とか衣服とか手触りのあるもの作りにコンプレックスや憧れのようなものがあったんだけど、じつはそんなに違いはないんじゃないか、と考えるようになった。これはこれで職人の領域であり、知識をちゃんと使えば自分たちがいいと思うことの役に立てるんだ、と前向き

    もの作り - ハロー風景
  • 善意 – ハロー風景

    今日も屋さんからお便りが届きました。ようやく少しリフレッシュしてきた。年明けから不動産メディアやりながら〈アポテーケ・フレグランス〉のウェブ制作に〈お茶〉にと頑張っていたのですが、刷り上がったらようやく安心して、袋詰めや発送の仕事をこなしている内に元気になってきた。こんながあったらいいと思って作ったものを取り扱って貰えるのはうれしい。やってみたら分かるけど善意というものに触れる数少ない機会だから。このが好きだから、いいと思ったから、というそれだけの繋がりだから。初めて間近でその様子を目の当たりにしたのんちゃんなんて目に涙を溜めて喜んでた。だれがどう思うか分からないを送って、屋さんがお返事をくれるのって、そのくらい有難いんだよ。でも、だからってを送った全部の屋さんに並ばなくてもいいかもしれないなって今回は思っているのです。それが、三冊目の余裕かもしれない。二つが三つになるってお

    善意 – ハロー風景
  • ハロー、オフライン、グッバイ、メモリー - Lambdaカクテル

    最近は精神的に調子が良い。何もないのに胸が締め付けられたり、横断歩道で危険な気持ちになったりする事はあまりなくなったし、部屋が自分を守っているように感じる。 精神的に弱ってからずっと自分の感情とこのブログで向き合ってきた。同僚がそれに触れて、良いねと言ってくれた。なんとなく嬉しかった。自分にとってはここに書くことが一番自分の感情だとか立場だとかを整理できる方法として確立されているし、なにより包み隠さず書いても冷やかしたり徒に干渉しようとしない懐の広さを、同僚は持ち合わせている。だからこそこうやって魂の転写じみたことをなんとか遂げられる。餓死寸前の人間にいきなり事を与えても死んでしまう。それと同じで、精神的に張り詰めている人にアドバイスを持ちかけたり詮索しようとすることは、悪い結果しかもたらさない。まずは水、そして重湯から回復ははじまる。そういう立場にいられることは僥倖というか、良い同僚に

    ハロー、オフライン、グッバイ、メモリー - Lambdaカクテル