ドクトルマグス♀ ユーディットの記憶 鼻腔を仄かに刺激する、どこか懐かしい匂いの正体に気づき、私は上体に掛けられた厚手の毛布を押し退けて緩やかに身を起こす。 ……消毒薬? 屋敷になぜそんなものが……? 私は、視線を巡らすが、周囲の空間はのっぺりとした重い暗闇に満たされていて、自らの掌の輪郭さえ判別しかねる有様だ。手を中空に翳して巡らせると、指先に触れたカーテンがわずかに揺らめき、刹那的に開けた闇の狭間から柔らかな星明りが差し込んだ。 「兄上……?」 星明りが一瞬だけ室内を藍色に染め、私は傍らに蹲る人影を見出して誰何する。椅子に座り、舟を漕いでいたその人物は、ゆらりと頭をもたげ、大きな欠伸をかいた。 「……あ、ユーディットさん、お目覚めですか。」 表情こそ窺えないが、その声には聞き覚えがある。父の遺志を継ぎ、冒険者を志した剣士の少年。名前を確かベオと言ったか。 「なぜ、君が私の部屋にいるので