辻仁成「海峡の光」に対する初読時の個人的評価は★(特に読む必要なし)で特段に評価が低いわけではない。しかし、前回の藤沢周のところで出た「ホンモノ」「ニセモノ」のテーマを敷衍するのに、彼は格好の作家である。つまり辻の作家としてのありように思いをいたすと、「ホンモノ」と「ニセモノ」との定義が手に入るような気がするのだ。 仮にも小説を書くような人間は、原初に物語に耽溺したという経験を持つ、と措定して、その先の、「その物語に傷ついた人。その傷を癒すために自ら物語を改変しようとする人」を「ホンモノ」とし、一方「ニセモノ」は「物語に傷ついていない人。物語の模倣で、かつての耽溺を延命しているだけの人」、とするという風に。「海峡の光」を読んで、私は直感的にそこに「文学に傷つけられてなどいない人」を見出した。明言はしなかったが、私は辻を「ニセモノ」と断じたのである。 しかしこれでは「物語」と「文学」とがいさ