「速読本」ブームが起こって久しい。一方で私たちの1日の時間は有限であり、増え続ける情報を網羅的に処理するには限界がある。その過剰を、受け手である1人の人間のためにどう圧縮するか、というのが、まさしく今日、AIに期待されていることであり、いずれにせよ、私たちが「スロー・リーディング」のための時間をすべて速読に供したとしても、大した成果は期待できない。 すでにそういうところまで来ているし、今後は一層そうなるだろう。ここでは拙著『本の読み方』より、あえて1冊の本をじっくり読む「スロー・リーディング」を用いて日本文学の傑作を読み解きたい。 第3部は『こころ』のクライマックス ここで取り上げるのは、夏目漱石の晩年の名作『こころ』だ。国語の教科書の常連で、「ゆとり教育」論議の際にも、「国語の教科書から漱石・鷗外が消える!」と大騒ぎになったくらい、国民作家としての漱石の存在感は、まだまだ健在のようだ。