※タイトルが付いていなかったのでこちらで勝手につけさせてもらいました。 尚、万一著作権上の問題がある場合はお知らせ下さい。 ジャズについて、ロックについて、音楽そのものについて、 かつて間章のように語った人間はいない。間章のまなざしは いつも音楽がまさにそこから立ち上がろうとする存在論的位相に向けられていた。 ぼくがはじめて眼にした彼の文章は、マーク・ボランやルー・リ-ド について綴られたそれほど長くもないものだったが、 読み進むにつれてひどく昂揚していったことを憶えている。 彼が言葉の中にとらえようと苦闘していたものが、 個々の作品やアーティストの奥に息づく音楽の霊 だったことを思えばそれも当然だった。 いったい、シュトックハウゼンとクセナキスの音楽の本質を かつてのナチスとシュタイナーの水面下における自由をめぐる 血みどろの霊的闘争の延長線上に見てとる音楽評論家がいるだろうか。 それは