小林秀雄さんの講演について 茂木健一郎 小林秀雄さんは、言うまでもなく日本における近代批評を確立した人である。その名前を私は小学生の時から知っていたが、私がこの批評家を深く愛するようになったのは、大学を卒業してかなり経った頃に、講演の録音を聴いたのがきっかけである。 今はCDになっているが、当時はまだテープだった。最初に入手したのは、「現代思想について」だったと思う。私自身の生涯の探究のテーマである心と脳の関係について、最も深い思索を積み重ねた者からしか出ない言葉が私の胸にひしひしと迫ってきた。 それから、夢中になって次々とテープを求め、気が付いたら全部聴き終えていた。 本居宣長。源氏物語。柳田国男。ベルクソン。文学。生きること。死ぬこと。愛すること。信じること。徒党を組まないこと。 小林さんがお話されるテーマの一つひとつが魂の中に深刻かつ愛しいかたちで入ってきて、一連の講演記録が、知らず