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ブックマーク / www.nippon.com (3)

  • レゲエ界に革命を起こしたリズム「スレンテン」は日本人女性が生み出した:カシオ開発者・奥田広子さん

    80年代半ば、レゲエ音楽にデジタル革命をもたらし、“モンスター・リディム”と称される「スレンテン」。その誕生の裏側には、カシオ計算機(社:東京都渋谷区)の電子キーボードと新卒の女性開発者の存在があった。スレンテンのルーツ・奥田広子さんが、初めてベールを脱ぐ。 スレンテンのルーツはカシオトーンの音源 ジャマイカのシンガー、ウェイン・スミスの『Under Mi Sleng Teng(アンダ・ミ・スレンテン)』は、レゲエの世界に革命をもたらしたと言われる。友人のノエル・デイヴィーと2人で、カシオの電子キーボードを使って作曲したダンスホール・レゲエだ。1985年に大ヒットすると、デジタル音の心地よく、常習性のあるリズムは、またたく間に世界中に広がっていく。 レゲエでは、ドラムとベースのリズム体を「リディム」や「バージョン」、「オケ」などと呼び、これを繰り返すことで曲に鼓動を生む。同じリディムで複

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  • 銭湯絵師という仕事-田中みずき

    銭湯にある大きなペンキ絵を描く絵師は、全国でわずか3人。唯一の若手として伝統を将来につなげる役割を担うのは、大学で美術史を専攻してこの世界に魅せられた女性だ。 田中 みずき TANAKA Mizuki 1983年大阪生まれの東京育ち。明治学院大学で美術史を専攻。在学中の2004年に銭湯ペンキ絵師の中島盛夫さんに弟子入りして修行を始め、2013年に独立。同年、便利屋を営む駒村佳和さんと結婚。現場では、駒村さんに足場を組んでもらうなど2人で協力して仕事をする。現在は銭湯をはじめ、個人宅、店舗や介護施設など全国各地のさまざまな場所でペンキ絵を制作。銭湯の魅力を伝える活動にも力を入れている。ブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」を逐次更新中。 集中力と体力が勝負 銭湯と聞いて、ノスタルジーを感じる中高年の日人は多い。かつて毎日のように近所の銭湯に通うのが日常の一部だった記憶があるからだ。1960年代

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    kori3110
    kori3110 2019/04/02
  • 『こんな夜更けにバナナかよ』原作者・渡辺一史:北海道から見える日本社会の縮図を追い続けて

    北海道を拠点として障害者と福祉、地方の問題を追い続ける渡辺一史さんは、過去15年で3作と「寡作」だが、数々の受賞歴を持つ。その第1作『こんな夜更けにバナナかよ』が映画化されたのを機に、筋ジストロフィー患者の鹿野靖明さんとの出会い、北海道にこだわる理由などを聞いた。 渡辺 一史 WATANABE Kazufumi ノンフィクションライター。1968年、名古屋市生まれ。中学・高校、浪人時代を大阪府豊中市で過ごす。北海道大学文学部を中退後、北海道を拠点に活動するフリーランスライターとなる。2003年、『こんな夜更けにバナナかよ』(北海道新聞社、後に文春文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞を受賞。11年、『北の無人駅から』(北海道新聞社) でサントリー学芸賞、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、地方出版文化功労賞などを受賞。18年12月ちくまプリマ―新書『なぜ人と人は支え

    『こんな夜更けにバナナかよ』原作者・渡辺一史:北海道から見える日本社会の縮図を追い続けて
    kori3110
    kori3110 2018/12/27
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