昔から女の子の遊びと言えばその代表として“毬つき”があげられてきた。 でも、かつての毬は糸をぐるぐるに巻いたもので地面について遊ぶようなものではなく、手の平にのせて上につきあげて遊ぶ。 地面に毬をついて遊ぶようになるのはゴムまりが登場してからだ。 今ではどれだけの子どもがゴムまりをついて遊んでいるのか分からないけれど、少なくとも私の周囲では見かけたことがない。 ところで、このゴムまり、意外なことで全国に普及していた。 ゴムまりというくらいだからもちろん、原材料はゴムなのだけれど、このゴムが大量にあまってしまったのでその使い道としてゴムまりを作っちゃったというのである。 第二次大戦中の1942(昭和17)年に日本軍がシンガポールを占領。ここで日本軍は一気に東南アジアの栽培ゴム園を押さえることになり、日本だけでは処理できないほどの大量を生ゴムを手に入れることになった。 そこで、これをどうするか
おやおや、沖縄タイムスの中の人の大和に対する印象は、 宇宙戦艦ヤマトに近いようですね。 Posted by 名無しОбъект at 2007年04月20日 02:37:07 これに限らない事ですが、日本軍の悪辣さを強調するあまり、 「なんでこの最強超軍隊が負けたの?」 ってなる事多いよね。 こういうのを現実に近い認識に近づける為に 真なる「反戦軍事学」が必要な訳ですが、 はてさて、何時頃になればそういうのが出てくるか。 Posted by 名無しОбъект at 2007年04月20日 03:07:50 >「戦艦大和も片道燃料で特攻出撃したが坊之岬沖で敵の潜水艦に撃沈された」 燃料は往復分積んでいたし、米潜水艦は攻撃してこなかった。(下手に魚雷を当てたら大和が港に帰っちゃうので、攻撃禁止令が出ている)前者は未だに知られていない事かもしれないが、後者の潜水艦により撃沈とか何の電波だよ・・
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