1. 姉と海へ行く 京葉線から望む矮小な海は、高気圧の庇護に気をよくしたのか、化学プラントの配管の向こうから輝度のある反射光を放ち、人びとの網膜を徒に挑発した。漆黒の波が寄せ帰る、カスパールの遣りすぎた宗教画のような曇天の海を望んだ私には当てが外れた格好だ。 「風情のない海だ。まことに冬らしくない。生意気だ」 形の良い姉の口元には控えめな笑みが浮かんだ。 「そうね……生意気な海ね」 姉の頸筋は胸を病んだ人のように蒼白で弱々しく、肉の快楽はどこにも見あたらない。私は、美しきものが無条件に誘う魂の平和を胎児のように享受していた。もはや苦しみは何もない。汚らしい男の上で腰を振る、姿の良いあの肢体を浮かべ自涜に耽ることはもうないのだ。海豹のようなうなり声をあげて自室の床を悶転する日々は終わったのだ。 外房の海が近づくに連れて窓景は石器時代へ遡る風であった。標識柱の朽ち果てた停留所を降りた私と姉は、