ブックマーク / ja.wikipedia.org (3)

  • カラスヤサトシ - Wikipedia

    カラスヤ サトシ(名:片岡 聰(かたおか さとし)[1]、1973年[1]11月16日[2] - )は、日漫画家[2]。大阪府枚方市出身[2]。関西大学社会学部卒業[2]。男性[2]。 来歴[編集] 1995年、名の片岡聰名義で『海辺の人々』ほか3編により第6回COMICアレ!漫画賞優秀賞を受賞しデビュー[2]。1997年に初の単行『石喰う男』を出版、退職して専業作家となるが、同年に雑誌が休刊[1][2]。 1999年、ペンネームを烏屋さと志に改め、4コマ漫画『ニャニャドヤラ』で『月刊アフタヌーン』で行われていた新人賞「ギャグパラ大賞」にて第2回準大賞を受賞[2]。その後、しばらく『アフタヌーンシーズン増刊』に『ニャニャドヤラ』を連載した[2]。2002年、短編『HOME』で第41回ちばてつや賞大賞(一般部門)を受賞[2]。姓名判断を参考にペンネームをカラスヤサトシに変更[2]。

    kuminseed
    kuminseed 2010/11/07
  • 福満しげゆき - Wikipedia

    血液型はA型。身長165cm。[要出典] 工業高校中退後、定時制高校に入学、同校卒業。指定校推薦で大学夜間部に入学するも中退。 高校時代より漫画を描き始め、『週刊少年ジャンプ』へ投稿するも、何の音沙汰も無く、漫画家になる自信を無くしてしまう。しかし、蛭子能収の漫画を読み、感銘を受けて『月刊漫画ガロ』の読者投稿コーナー「4コマガロ」(白取千夏雄が担当)の常連投稿家となる[3]。その後、『ガロ』に持ち込みを行い、副編集長の白取千夏雄に見出され[4]、1997年2月号掲載の「娘味」(福満茂之名義)が入選作となり、プロデビュー。引き続き『ガロ』に持ち込みを続けたが、青林堂の内紛で同誌が休刊に入ってしまう。新たな投稿先を模索する中、1998年に『週刊ヤングマガジン』に投稿したことをきっかけに、時折『ヤングマガジン増刊青BUTA』などのメジャー誌に掲載される。しかし漫画家を続けていく自信を失ってしまい

    kuminseed
    kuminseed 2010/11/07
  • 山田花子 (漫画家) - Wikipedia

    山田 花子(やまだ はなこ、1967年6月10日 - 1992年5月24日)は、日漫画家。名、高市 由美(たかいち ゆみ)。旧筆名は裏町かもめ、山田ゆうこ。 概要[編集] 自身のいじめ体験をベースに人間関係における抑圧、差別意識、疎外感をテーマにしたギャグ漫画を描いて世の中の矛盾を問い続けた。中学2年生の時から患っていた人間不信が悪化、1992年3月には精神分裂病(現:統合失調症)と診断される。2ヵ月半の入院生活を経て同年5月23日に退院。翌24日夕刻、団地11階から投身自殺。24歳没。 著作に『神の悪フザケ』『嘆きの天使』『花咲ける孤独』『魂のアソコ』『からっぽの世界』『自殺直前日記』がある。 実妹は漫画編集者の高市真紀[要出典][注 1]。 生涯[編集] 誕生から中学進学まで(1967年6月~1980年3月)[編集] 百草団地 1967年6月、東京都千代田区三楽病院でトロツキスト

    kuminseed
    kuminseed 2010/11/07
    親近感
  • 1