旅の中で一番好きな瞬間は、空港から市内へと走るバスに乗り込む時だ。 バスが走り出し、すこしずつ、直線ばかりで構成された空港周りの風景が、だんだん土臭く、緑に彩られ、生活の匂いのする市内地に突入する、あのつかの間の時間。つるんと丸い飛行機の先端の並ぶ、広いコンクリの平地から、人の暮らしの見える凸凹した生活空間へ。角を曲がり、道路を越えるごとに、人肌の色と、汗と食べ物のにおいが濃くなっていって、いつのまにか、他人の日常への境界線を跨いでいる。旅がはじまったことを一番鋭利に感じさせる瞬間だ。 台北の空は灰色によどんでいた。大気汚染?いいえ、違う。台北に到着した2月17日、日本は記録的な大雪となった。今、まさにこの瞬間にも、日本に容赦なく降り注いでいる雪の気配が、遠くはなれたこの国にも漂ってくるのだ。日本から吹きつける冷気を受けて、この国の風も、やんわりと湿り気を帯びていた。借宿を出て家に戻る夫