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ブックマーク / dobonkai.hatenablog.com (8)

  • 部下に「できるかできないか」を断言させるのは管理職の怠慢だと思う - ネットの海の渚にて

    こちら読ませてもらった。 blog.asimino.com おそらくこれを書いたあしみのさんは「失敗を恐れずに己の責任感を育てるためにもあえて『できます』と断言して自分を追い込め」みたいな意味で言っているのだろうと理解した。 予断を持つようなことばかりしているとやがて自分に甘い人間になってしまう。だからできるかできないかに関わらず「できる」と断言できるような社員に育って欲しいというイメージなんだろうと思う。 私も十数年前の若い頃に、あしみのさんのような上司のもとで働いていたことがある。 「これとこれ。○○日までにできるか?」 だいたいこうやって聞かれる。 この時の職場はとにかく不確定要素が多くて、とてもじゃないが数日単位にまたがるような業務だと仕上がり日の約束なんてできなかった。なので「全力でがんばります!」といつも答えていた。 それは冒頭の記事の上司のように「できると思います」と答えたら

    部下に「できるかできないか」を断言させるのは管理職の怠慢だと思う - ネットの海の渚にて
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    kura-2 2016/03/30
  • 【機動警察パトレイバー the Movie】を見たので感想や解説など - ネットの海の渚にて

    押井守の恐るべき先見性 まずこの作品が1989年公開だということを理解していただきたい。 Windows95が発売されるまであと6年も待たなくてはならない。 この時代のWindowsは2.0や2.1の頃で、今のように一般人がコンピュータを触るような環境とは程遠い。 コンピュータに詳しいのは今風に言えば一部の「ギーク」な連中で、それこそPC8801やPC9801等を使って、カセットテープからゲームを読み込んでいたりしていた連中くらいしかいなかった。 そんな時代なのにこの映画は「OS(オペレーションシステム)」を主題に扱って展開していく。 作品内ではレイバーというロボットがOSによって制御されているという前提が当たり前に語られる。 今でこそ「OS」というものを皆が意識したりするが、パソコンと全く関わりが無かった当時の観客は、冒頭から置いてけぼりにされたに違いないが、物語は歩を緩めない。 そのO

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    kura-2 2015/04/05
  • 部下を決して怒らなかった上司の話 - ネットの海の渚にて

    上司に全く怒らない人がいた。 なにか問題が起きてもその失敗をした部下に、何も言わず事を片付けてしまうそんな人だった。 皆はその上司を「優しい人」と言っていたけれど俺はイマイチしっくりこなかった。 その上司の下で働いていたのはおよそ二年ほどの短い期間だった。 もちろん俺もその間に何度か失敗をしたけれど、その度に何も言われず上司が丸く収めてくれた。 月日が流れていつの日か俺がその上司のポジションについていた。 俺は失敗をした部下に対して厳しい態度で接した。 だからおそらく皆から「怖い人」として認識されていたと思う。 実際に自分が部下を叱責する立場になるとわかることがある。 人を怒るときには自分も相当のストレスを感じるということだ。 誰かを叱責するということは逆に言えばその失敗はもう二度と自分は出来ない。また、この時間でこれをやるようにという指示を出したなら、もちろん自分もそれと同等、もしくはそ

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    kura-2 2014/08/22
  • 今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて という短歌に感じる情念 - ネットの海の渚にて

    photo by gabriellaraujo 今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければと別れて 佐藤真由美「プライベート」より プライベート (集英社文庫) 作者: 佐藤真由美出版社/メーカー: 集英社発売日: 2005/10/20メディア: 文庫購入: 4人 クリック: 20回この商品を含むブログ (19件) を見る昨日この短歌をTwitterのタイムラインで見かけてそのつぶやき主である卯野抹茶さんにメンションを飛ばしました。 その結果卯野さんはご自身のブログに記事として取り上げてくれたのですが、それを読んでやはりちょっと言い足りなかったという思いがムクムクと湧き出てまいりましたので、Twitterでは足りなかった部分の補足をしたいと思います。 短歌と解釈「今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければと別れて」 - nerumae @4leafclover7 @

    今すぐにキャラメルコーン買ってきて そうじゃなければ妻と別れて という短歌に感じる情念 - ネットの海の渚にて
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    kura-2 2014/04/19
    みんなどんだけキャラメルコーン好きなんだ…
  • 初代ファミコンを必死こいて買ったときの思い出話 - ネットの海の渚にて

    俺が小学3年生の時に初代ファミコンが発売された。 それまでゲームは近所の駄菓子屋に併設されたゲームコーナーでやるものだった。 ゲームセンターではなく、あくまでゲームコーナーだ。 おばちゃんがやっている駄菓子屋の横のスペースに半ば強引に日曜大工感あふれるゲームコーナーがあった。 屋根なんかは確かブルーシートだった覚えがある。 そこにはドンキーコングやルート16、ゼビウスなんかの筐体が5~6台置かれていた。 小学校低学年の俺はそのゲームコーナーに入って遊びたかったのだが大抵そこには高学年の連中がたむろしていた。 そんなところに一人でノコノコと入っていけば間違いなくカツアゲされる。 小学校高学年の連中だけならまだしも中学生も混ざっていたりすると質が悪い。 カツアゲされ率は100%だった。 だから学校帰りに猛ダッシュで家に帰り、母親からお小遣いをもらうとすぐさま駄菓子屋に向かった。 高学年の連中が

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    kura-2 2014/04/05
  • 意識高い系がなぜ揶揄されるのか考えてみた - ネットの海の渚にて

    意識高い系がなぜ馬鹿にされたり揶揄されるのか? 自分もどちらかと言えば「意識高い系」を冷ややかな目で見ているタイプだ。 極めて個人的な感覚だが意識高い系には「養殖感」がある。 意識の高い生活をすること自体は素晴らしいことだと思う。 自分の生活を鑑みると意識高い系を実施している方を揶揄することなど出来ない自堕落さだ。 休みの日は惰眠を貪るし空いた時間はネットで役に立つのかどうか怪しい胡散臭い情報を好んで摂取している。 そもそも限りある余暇を消費してまで、こんなブログを書いているんだから意識高い系が提唱する有意義な時間の使い方なんかとは程遠い。 水は低きに流れる 例えて言うなら意識高い系の人たちは水の流れに逆らってドンドンと上流を目指すことだと思っている。 上流で鮭のようにおそらく産卵でもするんだろう。 水の流れに身を任せてどんぶらコッコと下流に流された挙句、淀んだ水たまりにプカプカと浮かんで

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    kura-2 2014/03/15
  • 騙し騙されのインターネット時代を懐かしむおっさんの話 - ネットの海の渚にて

    私はネット歴がそこそこ長い。 おそらく20年以上になると思う。 テレホーダイには当然加入していた世代だしテキストサイトも色々と入り浸っていた。 2ちゃんねるもROM専ではあったもののネオ麦茶で有名になる前からちょくちょく覗いていた。 あめぞう時代は知らない。 一昔前までネットは嘘だらけで「罠」みたいなものはそこら中にあった。 それこそダイアルアップ時代はちょっとでも油断するとダイヤルQ2回線や国際電話回線に繋がれてしまって高額請求が来ることもよくあった。 ADSL等の常時接続が当たり前の時代に移ると、なにかをクリックするとあたかも勝手に契約してしまったような画面を表示して高額請求する詐欺なんかが流行った。 それ以外にも「ブラクラ」や「グロ画像」なんかは腐るほど設置されていた。 まあ、私がアングラなサイトに潜っていたからそういったものを頻繁に目にしていた可能性は高い。とはいえ当時はまだインタ

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    kura-2 2014/03/14
  • 作品と作者は切り離して評価することはできるのかって話 - ネットの海の渚にて

    佐村河内氏の一件で思ったことを書く。 佐村河内守 4声ポリフォニー合唱曲 REQUIEM“HIROSHIMA” CD付 作者: 佐村河内守,松居弘道出版社/メーカー: 全音楽譜出版社発売日: 2013/10/12メディア: 楽譜この商品を含むブログ (1件) を見る ミィアさん (id:meerkat00)が書かれたこの記事がとても良くまとめられているので事件の概要はこちらで確認していただきたい。 耳が聴こえなくても作曲はできるし、譜面は単なる設計図ではない。 - 夜の庭から ミィアさんは聴覚障害のある状態でも音楽的理論や技術が聴覚を失う前に確立されていれば作曲は可能であると主張されている。 俺もその見立ては正しいと思う。 俺は音楽の専門的知識もないし楽譜も読めるには読めるが初見でスラスラと読めるほどではない。 まあ趣味の範囲だと思ってくれればいい。 今回俺が書きたいのは佐村河内氏の功

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    kura-2 2014/02/14
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