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社会と赤木智弘に関するkyuushokuのブックマーク (5)

  • けっきょく、「自己責任」 ですか(赤木智弘)続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで

    けっきょく、「自己責任」 ですか 続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで── 1月号に掲載した「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」に対し、4月号で7人の論者が「応答」した。「ギャンブルに負けるのはあなただ」「戦争待望の妄言だけは許せない」といった厳しい批判を、筆者はどう受け止めたのか──。 「論座」4月号に掲載された、私の文章への応答を拝読させていただいた。 いずれも高名な方々に、それぞれのスタンスを明確に表明しながら誠実に対応していただいたことは、非常に光栄に思う。また、ネット上でもさまざまなサイトで言及していただいた。私の論を肯定するにせよ非難するにせよ、そうした論争の源泉になれたことは、産みの苦しみに耐えながら文章を書きあげたかいがあったと思う。 しかし、「希望は、戦争。」というキャッチがあまりに強烈であったために、私が当に言いたかったこ

  • その後の「希望は、戦争」 - 狂童日報

    昨年の12月にはじめて言及した赤木智弘が、その後話題になって、いろいろな場所で盛んに取り上げられるようになっている。朝日新聞の論説委員や東大教授(いわば赤木の打倒対象である人々)、さらには公共放送(!)なども、彼を取り上げて「右傾化」や「格差」について語るようになっている。『論座』の編集部の意図は大成功だったと言えるだろう。 ただし、彼の意見や感情が「ロスト・ジェネレーション」を代表するものではないことは、はっきりと指摘しておく必要がある。赤木は既存の「左翼」を念頭において発言しているが、圧倒的多数の若年フリーターは論壇誌を手に取ることなどまずないし、はっきり言って「左翼」「右翼」とか知識も関心もない。ただ、今の苦しい生活が「ぶっ壊れて」ほしいと漠然と思っているだけである。自分たちで「ぶっ壊す」と考えるほど向上心もバイタリティもないし、「ぶっ壊す」方法も知らなければ、そうした組織と関わる経

    その後の「希望は、戦争」 - 狂童日報
    kyuushoku
    kyuushoku 2007/09/11
    『彼は表現こそ乱暴ではあるが、「『平和』は守るべきものを持たないフリーターにとって何の価値も持っていない」と、明らかに特定のテーマが若年低賃金層の生活状況にどう反映するかという議論を行なっている』
  • いちヘルパー

    知人から赤木智弘「「丸山真男」をひっぱたきたい」のコピーを郵送してもらった。昨日の夜中に読んだ。予想外に胸のつまるものがあり、自分でも意外だった。 赤木氏は親元にパラサイトして深夜バイトを続ける単身の31歳フリーター。 《夜遅くにバイト先に行って、それから8時間ロクな休憩もとらずに働いて、明け方に帰ってきて、テレビをつけて酒をのみながらネットサーフィンして、昼頃に寝て、夕方頃目覚めて、テレビを見て、またバイトに行く。この繰り返し。(略)月給は10万円強。北関東の実家で暮らしているので生活はなんとかなる。だが、当は実家などで暮らしたくない。両親とはソリが合わないし、車がないとまともに生活できないような土地柄も嫌いだ。ここにいると、まるで軟禁されているような気分になってくる。できるなら東京の安いアパートでも借りて一人暮らしをしたい。しかし、今の経済状況ではかなわない・30代の男が、自分の生活

    いちヘルパー
    kyuushoku
    kyuushoku 2007/09/11
    『なぜなら彼はもともと「平和」そのものを憎んでいるのだから。平和が平和の名のもとに「私たち」を緩慢に殺していく現状をこそ根こそぎ破壊したいと思っているのだから』
  • 第7回 戦争は“希望”なのか? - MouRa|萱野稔人、国家|萱野稔人「交差する領域~<政事>の思考~」

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    kyuushoku
    kyuushoku 2007/09/11
    『彼は「希望は、戦争」と言いながらも、社会化の回路を完全に放棄したわけではなく、他方で「一人前の人間としての尊厳を得られる可能性のある社会」を希求しているからだ』
  • 希望は戦争 - 狂童日報

    格差社会論も傷気味と思っていたところに、『論座』1月号に赤木智弘「「丸山眞男」をひっぱたきたい」という文章を読んだ。大げさじゃなく、この1年の格差社会論で最も刺激的で面白い論文だった。 今までの格差社会論の多くは、「真面目に働く庶民」を前提とした「新自由主義」「勝ち組」批判が多かったし、フリーターやニートの問題も、「新自由主義」「勝ち組」と呼ばれる層が批判の矛先になっていた。しかしこの現役フリーターを自称する赤木という人は、「真面目に働く庶民(=労働者)」を敵視する。自分を「弱者」であるとためらわず自己定義し、怠惰なのではなく「不幸な世代」であるだけだと訴える。そうして彼は主張する。いま「平和な社会」の維持を語ることは、定職と家庭をもつ上の世代の豊かな生活を維持し、若者を家庭ももてないような弱者にとどめておく、現在の状態を維持することでしかない。それに比べれば、国民全員が平等に苦しむ戦争

    希望は戦争 - 狂童日報
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