あの日、森内俊之は思っていた。 勝負の熱の中で、誰にも知られず、1人きりで。 「対戦相手と戦いながら自分とも戦っていました。非常に重いものを背負いながら...。自分が先になってしまっていいものなのかと」 2007年6月29日。第65期名人戦7番勝負最終局。挑戦者・郷田真隆九段との最後の戦いの終盤、勝利を確信した。勝てば名人通算5期となり永世名人の資格を得る。通算4期で並ぶ羽生善治より先に将棋の歴史に自らの名を刻むことになるのだ。「木村(義雄14世名人)、大山(康晴15世名人)、中原(誠16世名人)、谷川(浩司17世名人)と来て、次の永世名人は羽生さんがなるんだろうなーと誰もが思っていて、私も思っていたんですけど、自分が先に5期目を取りそうになった時、なんて言うんでしょうか...葛藤がありました」 将棋界について知らない人に「将棋界にはとんでもないものがある」と声を大にして伝えたくな