小指にしていた小さなルビーの指輪が、カランカランと音を立てて浴槽に落ちた。「あっ」と声を出したが拾い上げる間もなく、指輪はシャワーの水とともに暗い排水口へ吸い込まれていった。 2000年にカンボジア西部バッタンバンで亡くなった私の祖母が唯一残したもの。それがカンボジア産の小さなルビーだった。かつてポル・ポト派の支配地域だったパイリンやバッタンバンは、有名な宝石の産地だった。なかでもルビーは高価で、ポル・ポト派の資金源になったといわれる。 カンボジアのルビーは今ではほとんど取れない。大事にしていたつもりだったが……。溜息をつきながら私は旅支度をした。今年4月初め。新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、私は日本へと一時帰国することにしていた。 プノンペン国際空港での書類チェックの様子。真夜中の到着だったが、カンボジア人スタッフがてきぱきと働いていた(撮影・木村文) カンボジアは新型コロナウイル