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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (3)

  • バスタブの桃 - 傘をひらいて、空を

    丸ごと皮を剝いた桃を片手に湯船につかる。指の腹に果汁がじんわりしみる。肩から下の温度を感じながら白い桃を眺める。それからがぶりと噛みつく。わたしが動くと湯気がぼわりと揺れ、浴室に桃の匂いがたちこめる。入浴剤ともハーブのオイルともちがう、気性の激しい果実の香り。わたしは鼻孔をひらき、口をひらき、まぶたをゆるめ、歯を剥きだしにして桃をべる。 わたしが小さかったころ、「お行儀のない日」という祝日があった。親が口にする冗談みたいなもので、国民の祝日ではない。でも未就学の小さな子どもにとって、自宅での特別な日はそれと同じようなものだ。「お行儀のない日」は一年に二回くらい来た。今にして思えば、それは母とわたしをとても親密にした。 わたしの基的な生活習慣を躾けたのは父だった。父はまめな男で、家にいるときはしばしば掃除をしていた。手を洗うついでにシンクに残った器を洗うような人だった。幼いわたしは父に

    バスタブの桃 - 傘をひらいて、空を
  • 孤独死OK、超OK - 傘をひらいて、空を

    いつもより早く起きる。川を渡り、友人の家まで歩く。友人の犬を連れて河川敷を走る。犬は往復の道で私を先導し、ときどき私を振り返り、信号ではぴたりと止まる。引き綱をつける必要もほんとうはない。でもつけてほしいと飼い主は言う。顔見知りじゃない人とすれちがってリードのついていない犬がいたら安全じゃないような気がするでしょう。 犬は散歩用の綱をつけるとき、顎を上げて協力する。とくにいやではないようだ。それどころかちょっと笑う。この犬にかぎらず、犬は、笑う。私にはそのように見える。口角を上げ、目を三日月にして、犬は笑う。そうして私の手や顔をぺろりとなめる。 ありがとう、と友人が言う。彼女の犬は定位置でくつろいでいる。主が半月ぶりに戻った日の飼い犬のふるまいとしてはたいへんクールだ。彼女は一年に一度か二度、私を留守居に雇って、朝晩の犬の世話をさせる。「出稼ぎ」のためだ。「俳優のディナーショーとかで伴奏す

    孤独死OK、超OK - 傘をひらいて、空を
  • 愛のもたらす具体的な効用 - 傘をひらいて、空を

    痛み止めを使えばすべての痛みが取れるのだと、ぼんやり思っていた。市販薬ならいざしらず、入院して病院で入れてもらうような痛み止めが効けば、苦しくないのだろうと。でもそうじゃないみたいだった。考えてみれば当たり前のことだ。解熱剤があれば熱が出ないのではない。安定剤を使えば安定するのではない。 けがをして苦しそうな夫を見ながらそんなことを考えた。わたしの共感の能力はあまり高くない。目の前の親しい人が苦しそうだからといってずっと苦しい気持ちになったりはしない。最初の三十分を過ぎたらなんとなしに慣れて、わりと日常的な感覚になる。夫のけがは命に別状のないもので、応急措置も済んだのだから、よけいに平常心だ。 わたしは驚くほど、親しい人と心をひとつにせず、親しい人の役に立つことがない。愛とかってあんまり役に立たない、というのがわたしの意見だ。愛はすてきだけど、地球を救わない。というか、たいていのものごとを

    愛のもたらす具体的な効用 - 傘をひらいて、空を
    lazy-planet
    lazy-planet 2016/07/21
    “わたしは夫がけがをしても、ただ手を握り、声をかけ、あたりさわりのないところをそっと撫でることしかできない。それはわたし自身のためにしている行為だ。役には立っていない。”
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