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管理教育に関するlever_buildingのブックマーク (9)

  • 校庭の芝生化、ねえ。。(千葉県管理教育番外編):ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    石原都知事の政策として、校庭の芝生化というものがあるのを知った。(今頃、な話題なのかな?) この何となくよさげに聞こえる「校庭の芝生化」。石原の施政方針演説によれば、 また、校庭の芝生化は、ヒートアイランド現象の緩和に寄与するだけでなく、屋外で遊び回る子どもたちの元気な声が学校に戻ってくるなど、うれしい効果も生み出しておりまして、都内のすべての公立の小中学校で、校庭の芝生化を進めてまいります。 ということらしい。すべての学校か。。 私がこの「校庭の芝生化」に反応してしまう理由。それは、やはり以前、このブログの「千葉県管理教育シリーズ」で書いた、私がいった管理教育バリバリの某K小学校の校庭が、芝生化されていたからだ。おそらくK小学校は、校庭の芝生化の面で先駆的な学校だったのだろう。『みどり豊か」だとか、「芝生の校庭が自慢」とか、よく学校で言われていたのを覚えている。校庭が芝生になって

  • “熱中高校”って、なんだ - 内藤朝雄HP −いじめと現代社会BLOG−

    1981年、『ひと 2月号』(太郎次郎社)に掲載された内藤朝雄さんの文章です。愛知県立東郷高校における「管理教育」についての、渾身のルポです。(この文章は『〈いじめ学〉の時代』(柏書房)に収録され、さらに当時の教員との対談や、新たな考察が付け加えられた。) ******************* ?熱中高校?って、なんだ 〜愛知・東郷高校で何が行われているか〜 内藤朝雄 ■はじめに ぼくが高2までかよっていた愛知県立東郷高校は、1968年、現・仲谷愛知県知事が教育長のときに“新設校プラン”のモデル校として創立された。愛知県の県立高校は、大別して、新設校と既設校というふうにわけてよばれていて、東郷高校以後にできたのは新設校、それ以前からあったのは既設校というわけだ。そして、それ以降につくられる新設校は東郷高校を手にしてつくられている。 その東郷高校で、どんな教育が行われているのか、ぼく自身

    “熱中高校”って、なんだ - 内藤朝雄HP −いじめと現代社会BLOG−
  • 北沢かえるの働けば自由になる日記 - いずこも同じか、育休よ。

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  • 千葉管理教育シリーズその6:密告文化と暴力、管理:ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    千葉県管理教育シリーズ、中学、高校編である。 中学にはいると、小学校時代「ジェンダーフリー」だった体罰は、明らかに女に対しては少なくなったように思う。だが、当時世間は校内暴力全盛時代。暴力を防ぐ=暴力を通じて管理する、という公式だったのか、男子生徒に対しては、相変わらず殴る、蹴るの体罰が続いていた。自分自身が暴力をふるわれなくとも、他人がふるわれている様を目の前で見させられると、同じような心理的圧力がかかってくる。しかも、あの小学校時代を過ごしてきた記憶も生々しいわけだ。 中学にはいって制服が導入されると、生徒手帳に細かく書かれた校則により、髪型、制服のスカート丈などが細かく規制されるようになった。そして、体操服には名前が大きく書かれたゼッケンがあった。服装を通じての「管理」は、より細かいところまで行き届く状況になったわけだ。そして、前回エントリのコメント欄で出てきた、監視に基づいてお

  • 千葉管理教育その5:小学校体罰編:ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    前回エントリのコメント欄にも書いたが、私の小学校5〜6年のときの担任は、「叩く専用棒」というものを常に所持していた。最初は、直径2〜3センチくらいの木の棒をもっていたような気がする。だが、ある日、細い、しなる竹の棒の先の部分に、ひどく固い黒いもの(固く重いゴムのようなもの?)をつけた棒を開発してきた。そんなものが商品として売っているわけもなく、わざわざ工夫して、叩くためだけの用途に作ってきたわけだ。竹でしなり、先についているものが重いため、反動もついて叩く側はほとんど力を入れる必要がない。何度でも苦労なく叩ける。だが、その反動と、棒の先についている固いもののために、叩かれる側は非常に痛いという代物なのだった。そしてその棒を開発した彼は、かなり自慢気だった。 この棒でどこを叩かれるのか?頭である。頭をそんなに固いもので叩かれれば、当然、コブができる。当時の私の頭はコブだらけだった。毎日のよ

  • 千葉管理教育その4:体育編:ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    千葉県管理教育シリーズその4は、体育編。 今までの記載から、いかに私の小学校で体育ばかり行われていたか、ご想像つくと思う。 一日のスケジュールを見るだけで、朝の運動、業間体育、昼休み(雨でない場合、ほぼ強制的に外に出て「遊ぶ」ことが求められた)、そして正規の体育とあるわけだ。高学年のときには、業間体育の後の3時間目はなだれこみ体育となることも多かった。現在、学校のカリキュラムにゆとりがありすぎだか何だかといって批判が出ているようだが、当時、少なくとも私の学校では、カリキュラムがどうであろうが全く関係なく、通常授業をつぶして体育にするということが堂々と行われていた。どうやら、私の行った小学校は、地域の体育モデル校的学校だったらしい。そして私は運動音痴。たまたま近所にあった学校がこんなところだったという、この不運。。 その証拠に(?)なんと、私の小学校はほぼ毎月運動会があるという、恐るべ

  • 千葉管理教育その3:「男女同室着替え」編:ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    さて、いまや話題の(?)男女同室着替え。「ジェンダーフリー」思想がこれを導くなどと保守派は言っているようだ。 だが、70〜80年代の、軍隊のような千葉管理教育において、私は毎日、男女同室着替えを実践させられていたのだ!「ジェンダーフリー」が導入されたのは95年だというのに、あれれ? この千葉県管理教育における着替えカルチャー(?)を理解するには、まず「ジャージ着用強制」文化を理解することが第一である。wikipediaの「管理教育」の項目には、東葛地域(柏、松戸など)の中学校と一部小学校において、登下校時を除いて学校指定のジャージ着用を強制している、と書かれている。夏期には、半袖の体操服とトレパン/ハーフパンツ/短パン/ブルマ(廃止以前)の着用が義務づけられていたとある。 東葛地域ではないが、私がいた八千代市の小学校もまさにそうだった。登下校時のみ私服を着るわけだが、学校につくやいな

  • 千葉管理教育その2:業間体育、掃除、給食:ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    前エントリへのannntonioさんのコメントに出てきた、「業間体育」、お掃除の「黙動」、そして給の「三角べ」。何のことだか皆さんわかります?普通こんな言葉、使わないよね。これが私にはすぐ、ツーカーにわかってしまうところが、千葉県管理教育の恐ろしさ。 業間体育というのは、小学校において、授業の2時間目と3時間目の間に、雨が降っていなければ外に出て、強制的に運動やらダンスやら行進やらをさせられるという時間だった。20〜30分くらいだったかと思うのだが、とくに小学校高学年のときは、業間体育の後の3時間目の授業は、時間割が何であろうとつぶされ、体育と化していたような記憶がある。 そして、この業間体育への教室からの移動も、ちんたら歩くのは駄目。走らねばならないのだった。 掃除。私の学校で「黙動」という言葉を使っていたかどうかは忘れてしまったが(でも意味がわかるから、使っていたのかな)、掃

  • 70年代千葉県管理教育と日の丸・君が代:ふぇみにすとの雑感 - AOLダイアリー

    70年代後半〜80年代前半にかけて、私は千葉県で初等、中等教育を受けた。あの、愛知と並び称される、「管理教育の千葉」である。 それがどんなにオソロシイことだったか、先日久々に思いだした。 「70年代」について友人と話していたのだ。運動に関わっていた友人から聞くリブ運動の話。その後に続いた国際婦人年、そして女性運動の広がり・・こんな話をしながら「ああ、70年代って今と比べていいなあ」なんて単純に思っていた。え、でも、待てよ、私にとっての70年代ってどうだったんだ? それより前、2月頃にも思い出す機会があった。アメリカの某大学を訪れ、授業に別の日人で同じ年齢の友人と参加した。そこで話題になっていたのが、「国旗、国歌」。教員に話をふられて、発言をした友人は、東京で公教育を受けたという。そして、日の丸なんて学校であがっていたのはほとんど見た事無いし、君が代だってほとんど歌った事ないというの

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