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  • 【話の肖像画】ディー・エヌ・エー創業者・南場智子(2)父との距離感と増える腕時計

    (1)に戻る 〈高校時代まで新潟の実家で過ごした〉 中学校では水泳部でしごかれた。活動的で負けず嫌いな子供でした。でも、父の前ではおとなしかった。厳しく育てられたので、心の底では自由に対する渇望感がすごくありました。高校時代も門限が午後6時。窮屈だったですね。 東京の大学に行きたくても、父が怖くて言い出せない。3年のお盆休みに初めてお伺いを立てたら、「新潟大学に行け」って。この世の終わりのような気持ちになって泣いたり、家出したり。10月末になって女子大ならと、ようやく東京行きの許可が出ました。 上京後も、父への恐怖感から解放されることはありませんでした。さすがに海外までは追いかけてこないだろうと思って、4年のときに米国に留学したんです。留学中、父とは毎日手紙を交換しました。物理的な距離と反比例するように、心の距離は近くなりました。父には文才があるんですよ。「お父さん、面白い人なんだな」って

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