もし、あなたのまわりに、長いこと親しくしているくせに、指一本触ったことがない人がいたら、その人を大切にしなさい。 ── 久世光彦(『触れもせで』) 昭和56年(1981)8月22日 向田邦子 没 希代の名コラムニスト、評して曰く、 向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である ── 山本夏彦(『何用あって月世界へ』) 以下、『父の詫び状』より。 昭和の温かさを感じる文体が懐かしい。 「おとうさん。お客さまは何人ですか」 いきなり「ばか」とどなられた。 「お前は何のために靴を揃えているんだ。片足のお客さまがいると思ってるのか」 靴を数えれば客の人数は判るではないか。当たり前のことを聞くなというのである。 ── 『父の詫び状』 子供にとって、夜の廊下は暗くて気味が悪い。ご不浄はもっとこわいのだが、母の鉛筆をけずる音を聞くと、なぜかほっとするような気持ちになった。安心してご不浄へゆき、また帰りにち