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2012年11月17日のブックマーク (2件)

  • 【「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」…「猶」がないとどんな意味に?…

    【「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」…「猶」がないとどんな意味に?】 恥ずかしながらおたずねします。 「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」が正しく、「なお」がないのは誤り、とはよく聞くところです。 しかしながら、素人目には、「なお」がなくても「ごとし」があれば同じ意味にとれるんじゃ? と思え、「誤用」が多いのも仕方ないよなあ、などと思えてしまいます。 「猶」がない場合、この文は違う意味になってしまうのでしょうか? それとも、漢文では「猶」と「如」が(「決して」「ない」のような)セットで、片方だけ使うことはあり得ないのでしょうか。 あるいは、どちらでも文として意味は通るが、論語の引用だから原文通り行わないと誤りだ、といったことなのでしょうか。 ご教示よろしくお願いします。

    maRk
    maRk 2012/11/17
    原文は如がないのだそうです
  • 「自信がない」は自信の持ちすぎ - 西尾泰和のはてなダイアリー

    「原稿書かなきゃいけないんだけどなぁ」とか言いながら現実逃避で読んでいた「心は病気―役立つ初期仏教法話〈2〉」に心に刺さる言葉があったのでここに書いておく。 正確な引用ではないので、正確な言葉が知りたければP.60から3ページくらいを読むとよい。 人間が自信をなくす原因は、自信の持ちすぎである。 自分が「この程度の仕事サクッと終わらせられる」と思っているのに、実際にやるとうまくいかないとき、人は自信をなくす。 「抜群のスピーチをしよう」と思って、実際にはうまく喋れなくて、自信をなくす。 妄想の中の自分が事実に反して素晴らしすぎるから、その「妄想の中の素晴らしい自分」が振る舞うように振舞おうとして、できないので苦しむ。 「自分の仕事に自信がない」というのは、奇跡的な成功を頭で妄想しているせい。現実の自分ができるようにしかできない。できることをすればよい。「自分は精一杯やった」と思える状態を

    「自信がない」は自信の持ちすぎ - 西尾泰和のはてなダイアリー
    maRk
    maRk 2012/11/17