平山亜佐子✍ @achaco2 アラフォーがもう忘れていそうなこと③:オトサン(筒に火を付けて中を真空にして耳垢を取るとかいうアラビアンな怪しいアイテム。持ってたけどどっかいったな) http://t.co/V1gQhZRqpB
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旧暦昭和二十七年一月五日、現在のカレンダーでは同年一月三十一日。 八重子は四人目の子供を産みました。元気な女の子、次女信子です。 ですがこの日、お産の事故により八重子自身はかえらぬ人となりました。 『八重子おばあちゃんの日記』をブログとしてアップしてきた私は、八重子おばあちゃんと会ったことがありません。 母・佐喜子が持っている一枚の写真でその顔を知っているだけです。 写真の八重子は姿勢正しくカメラを見つめ、豪華なおくるみの長女佐喜子を抱いています。 「お母さんのお母さんは、早くに亡くなっているんだよ」と聞かされても、ふぅん・・・と思っていた程度。 私にとっての”おばあちゃん”は、八重子亡き後にそのバトンを受けた千代子でした。八重子の妹であり日記にもたびたび登場しています。 千代子おばあちゃんが、幼い子供達の母となり、自らも二人の男の子を産み育てあげました。 仙台、東京と生活の場を移した子供
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