ブックマーク / suumo.jp (2)

  • いつの間に故郷になってしまったかつての隣町「相模原市緑区」のドライブ散歩道 - SUUMOタウン

    著: OKP 筆者の育った神奈川県の相模原市が政令指定都市化を目指し、かつての隣町だった「津久井郡」の4つの町(津久井町、相模湖町、城山町、藤野町)が相次いで編入・合併されていったのは今から10年位前のこと。 晴れて2010年に政令市化された相模原市には3つの行政区が設置されることとなりました。その1つが今回ご紹介する「緑区」。以前から相模原市だった橋地区や大沢地区に、編入・合併で加わった元津久井郡を含む広大なエリアです。 長年の友達が家族になってしまったような? 筆者は昔から釣りが趣味で、かつての津久井郡だった各町には子どものころからよく入り浸ってました。中でも相模湖町の「相模湖」と津久井町の「津久井湖」という人造湖にはほぼ毎週……、季節によっては週に何度も通い(たまに会社をサボって)、釣りをしたり事を楽しんでいた愛着のある場所。 そんな津久井郡が、自分の故郷である相模原市に編入され

    いつの間に故郷になってしまったかつての隣町「相模原市緑区」のドライブ散歩道 - SUUMOタウン
    maririri
    maririri 2016/11/25
    相模原市緑区住んでたことあるけど知らなかった。まあ田舎のほう行けばあるよね、相模だし
  • 今日も僕は何かを求めて「秋葉原」へ行く - SUUMOタウン

    著: マンスーン 小さいころから秋葉原に行くのが好きだった。 うちの家族は家電を買うときに必ず秋葉原へ行くので、それが楽しみでしょうがなかった記憶がある。まだ「素敵なサムシング(カモン!)」というテレビCMが流れていた時代。子どもの僕はたくさんの機械がところ狭しと並べられている光景がすごく好きだった。特にテレビ売り場が好きで、ずらっと並んでいる景色をずっと眺めていた。親に頼んで買ってもらったCDコンポも、初めて自分で買ったMDプレーヤーも、全部秋葉原でそろえた。 でもその時の僕はまだ家電の街としての秋葉原しか知らなかった。 それから時が経ち、高校生になった僕は高校の場所が御茶ノ水だった事もあり放課後は秋葉原へと通った。世間一般で言う「オタク」というものになった僕は、アニメ・ゲーム漫画が何でもそろうこの街はなんて居心地がいいのだろうと思った。アソビットシティというエンタメ総合ビルに特に用も

    今日も僕は何かを求めて「秋葉原」へ行く - SUUMOタウン
    maririri
    maririri 2016/11/14
    魅力的なタイトル
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