comicとtxtに関するmastergのブックマーク (2)

  • コロコロ派とボンボン派、オタクへの運命の分かれ道 - (続)愚問〜論理迷走論考〜 

    コロコロコミックとコミックボンボン、小学校時代にどちらを読んでいたでしょう。 私は、どちらかと云うとコロコロコミック読者だったのですが、最近某友人と話していたらこんな会話になりました。 遠野「コロコロコミックと、コミックボンボン、小学校の時にどっち読んでた?」 D氏「んー、コロコロも読んでたけど、俺はボンボンかなぁ」 遠野「あー、なるほどボンボンか。あのさ、コロコロ読んでる人と、ボンボン読んでる人って、気質ってか雰囲気がなんとなく違わない?」 D氏「どうだろ。あ、でもそんな感じはするねぇ」 という会話になって、その後はコロコロとボンボン読んでる人の「気質の違い」に関してのオタトークが展開されていきました。 これはあくまでも私の感想なのですが、ボンボンを小学生時代に見てる人って、ものの考え方というか、オタク系の知識レベルが高度な確立が高いんじゃないかと、前々から思っていました。 友人曰く、「

    masterg
    masterg 2007/01/16
    自分はボンボン派でした
  • Ein Besseres Morgen : 海原雄山研究1

    人情が度を超して発動された場合、それはわれわれの眼に滑稽として映りはしないだろうか。より平易に言い換えれば、「臭すぎて笑える」ということである。 滑稽にまで至ってしまうその種の人情は、典型的なケースのひとつとして、自分の心とは逆の態度をとることによって、自らの当の気持ちを隠し通そうとするが、端から見ればバレバレであるといった情景の中に展開される。 稿の目的は、そうしたキャラクターの実例として海原雄山を取り上げ、その人格の有り様を考察することにある。 海原雄山が読者の感情を高揚させる最大のポイントは、「表面的には憎しみを抱いてるように見せて、実は最愛の息子士郎がかわいくてかわいくてたまらない」という彼の態度にあると言って良いだろう。 まずここでは、初期における軽薄な悪玉キャラを抜け出し、臭すぎて爆笑型キャラクターの頂点を極めた海原が、やがて栗田ゆう子に手玉に取られるようになる過

    masterg
    masterg 2006/11/07
    ツンデレw
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