【承前】 「カオス*ラウンジ」、或いはその「メンバー」と、特にその2011年に入ってからの一連の「騒動」は、多くの人間(但しごく一部の日本人)にとって、この2011年夏段階で、口籠りの対象であるかの印象を受ける。若しくは、その「騒動」を「触れたくないもの」としているかの印象すらある。或いはまた、それについて書かれていたとしても、その幾つかは、酸っぱいものが口中に広がっている書き手の表情が浮かんでくるかの様だ。いずれも、歯切れは決して良いとは言えない気がする。それでも「文化系」の人の一部には、同じ「文化系仲間」意識故か何かなのだろうか、その実際上の、「仁義」だか、「手順」だか、「礼節」だかの瑕疵を指摘した上で、しかしそれを上回るとする彼等の「コンセプト」を「文化」的に擁護する様な書き方をする人もいる。 彼等の「コンセプト」の核の一つであるだろう、「現代芸術」的な意味での「主体の否定」は、それ