オーディション場面の冒頭に、小さな、しかし印象に残るやりとりがある。マリーナ役の江藤とセレブリャコフ役のロイが第2幕を演じている。江藤に続けてロイが短い台詞を言う。と、江藤は当惑する。「あたしのセリフまだ終わってないのに…」。ま、いいわ、と江藤はしかたなく続きを演じる。 家福悠介の演出では、俳優はお互いに自身の母国語で台詞を言う。インドネシア語・タガログ語・マレー語・スイスドイツ語・北京語・韓国語手話…。自分の知らない言語で相手の台詞を言われるとき、その台詞がどこで終わったかを知るのは難しい。おそらくロイは、江藤の台詞の中の間を、台詞の終了と勘違いして先走ってしまったのだ。 演技に先立つ本読みで、俳優はそれぞれ、自分の台詞を言い終えると机をコツンと叩く。それはおそらく、お互いの台詞の終わりを予測し難い、多言語の本読みゆえの工夫なのだろう。俳優たちは、指の背で叩かれるコツンという乾いた響きに