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lifeに関するmayutsuba0874のブックマーク (15)

  • 「はたらく」と「ゆったりする」をバランス良くできる街、尾山台 - SUUMOタウン

    著: attsumi 2016年春、転職をきっかけに京都から上京した。 そして、今住んでいるのが尾山台。 ”尾山台”と聞いてどのくらいの人がイメージできるだろう。区でいうと世田谷区だけど、世田谷区と聞いてすぐに思い浮かぶ街ではない気がする。もしかしたら「高級住宅街」「ファミリー向けの街」の印象をもっている人はいるかもしれない。 今回は、京都からやってきた単身女性で会社員の私がすっかり気に入ってしまった、尾山台という街の良さについて書いてみたいと思う。 暮らしたいのは「静かで緑が多い街」 東京には用事があるときしか行ったことがなく、とにかく土地勘がなかったので、すぐに住む場所を決められなかった。 上京して1週間は友人の家に泊めてもらい、その後5カ月ほどシェアハウスに住んだ。その間に土日を使っていろんな街に足を運び、住みたい街と家を探した。 ひとり暮らしももう10年以上になり、何回か住む場所を

    「はたらく」と「ゆったりする」をバランス良くできる街、尾山台 - SUUMOタウン
  • 戦時中、兵士たちに夢をみせた元アイドル。97歳「まっちゃん」に話を聞いた

    Search, watch, and cook every single Tasty recipe and video ever - all in one place! News, Politics, Culture, Life, Entertainment, and more. Stories that matter to you.

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  • 席を譲ってくれたひとびと|やきとりい

    2016年12月に第一子を出産するまでに、席を譲ってくれた人びとの日々の記録まとめです。 pplog にその都度記録して流れていったものの、ほとんど手を入れない転載、各タイトルもそのまんま(日付はpplog投稿日です)。 なんだか怖い話ばかり聞くけど、親切にされることのほうが多いだろ、多いよ。と思って記録をつけはじめたのでした。1の怖いことがあったら、100の親切があっても印象は恐怖に塗り替えられてしまう。それくらい悪意は怖くて強い。でもそんなものに支配されるのはまったくもって癪だ。親切の方を忘れないぞ、という試みでした。ちなみに結局怖いことはなんにもなかった。 「愛は負けても親切は勝つ」ってヴォネガットも言ってる。 Wed 27 Jul 2016 電車で席を譲られることばかりだし、 親切にされたり、気遣われたことしかないと言うと 「運がいいんだね」と言われるのだけども、 そうではなくて、

    席を譲ってくれたひとびと|やきとりい
  • そのパーティー、どこで買えますか?〈雨宮まみ「運命のもの、どこで買えますか?」第6回〉 - ソレドコ

    雨宮まみさんは、2016年11月15日に逝去されました。連載「運命のもの、どこで買えますか?」第6回の記事は生前に執筆されたものです。ご遺族や関係者様のご要望もあり公開しました。文章も人柄もファッションも、いつも素敵だった雨宮さん。雨宮さんのこれまでの創作活動に敬意と感謝を捧げるとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。 *** 「ちょっとしたパーティーにも着ていけますよ!」 日常で着るには微妙に派手かな? という感じの服を手に取ったとき、店員さんに必ず言われるセリフである。確かに海外ドラマなどを見ていると、わりと頻繁に「ちょっとしたパーティー」が行われているようだが、自分がそうした「ちょっとしたパーティー」に誘われた経験は、ほとんどない。 一体どこでやってるんだ、ちょっとしたパーティー……。 そんな実態のわからない「ちょっとしたパーティー」への憧れを私はひそかに募らせていた。あまりに憧れ

    そのパーティー、どこで買えますか?〈雨宮まみ「運命のもの、どこで買えますか?」第6回〉 - ソレドコ
  • 悲しむこと - みゆぷり日記

    『この世界の片隅に』を観た。 ※作品の内容をほんの少し含みます 戦争を体験したことがないので、一番類似の経験を照らし合わせているだけなのかもしれないけど、東日大震災のことを思い出しながら観ていた。市民にとっては、自分とは関わりのないところから突然災厄が降りかかるという点で、実際に戦争と震災は似ているのかもしれない。 あまりにもたくさんの人に同時に災厄が降りかかるとき、人はつらいと言わなくなる。全然よくないことを「まだ〜だからよかった」という。震災のとき、後輩が津波で幼馴染を亡くしたにも関わらず「遺体が見つかっただけでもよかったです。」と言った。遺体が見つからないよりは見つかった方がいいだろうとは思う。でも、亡くした悲しみは軽くなったりはしない。どうか悲しんでほしいと願った。ただ、あのとき、正常に悲しむことができた人はどれだけいたのだろうか。 映画の中でも、大きな悲しみをさも「仕方ないのだ

    悲しむこと - みゆぷり日記
  • 退職と雇用先の募集について | fukamachi

    主にWebアプリケーションエンジニアをしています。 私の活動、職歴などは以下の各サービスを参照してください。 経緯 今年末12月31日を以て、現職のサムライトを退社することにしました。次の雇用先は決まっていないのでこれからのんびり探します。 私が知っている会社は少ないです。このページは、私が知らない会社にもいい会社があるのではないかと思い、そのような会社の人事に反対に声をかけていただくために作りました。 もし興味があれば以下もお読みいただき、メール等でご連絡ください。 私の今までの経歴はGitHubWantedlyをご覧ください。

  • 住んでいる人に聞いたあの街の好きなところ:アットホームな商店街と交通利便性が魅力的な「笹塚」 - SUUMOタウン

    著: SUUMOタウン編集部 京王線で新宿から1駅の笹塚駅。日有数のターミナル駅からたった1駅しか離れていないとは思えないほど、この駅周辺の街並みには昔ながらの趣が残っています。 新宿だけでなく渋谷までも15分前後、京王新線を利用すれば、秋葉原すぐ近くの岩町にも乗り換えなしで行けたりと、交通利便性という点で非常に魅力的な街ですが、実際の住み心地はどうなのでしょうか? 今回、SUUMOタウン編集部はその笹塚にお住まいのAさんに街の魅力や住みやすさ、おすすめスポットについて伺ってみました! 今回お話しを伺った方:Aさん 年齢:32歳 性別:男性 家族構成:と二人暮らし 職業:会社員 趣味:カメラ/ボルダリング 住まい歴:大宮(8年)→板橋(4年)→笹塚(2年) ■笹塚に住もうと思ったきっかけ、決めては? 昨年結婚したのを機に、2人で暮らせる部屋を探していました。最終的に笹塚に決めたのは、

    住んでいる人に聞いたあの街の好きなところ:アットホームな商店街と交通利便性が魅力的な「笹塚」 - SUUMOタウン
  • 羊毛とおはな『ファンの皆さまへ  おはな』

    羊毛とおはなオフィシャルブログ「羊毛とおはな屋さん」 Powered by Ameba 羊毛とおはなオフィシャルブログ「羊毛とおはな屋さん」 Powered by Ameba ファンの皆さまへ こんな形で報告ということになり、驚かせてしまい申し訳ありません。私、千葉はなは2012年7月に乳がんが発覚し手術いたしました。化学療法の治療はし なかったのですぐに復帰することが出来、仕事に戻ることが出来ました。ですがその1年後の2013年9月に同じ場所からの再発が発覚しました。それはちょ うど10周年コンサートの1ヶ月位前で、ライブを中止にするか迷いましたが、今度は東洋医学のほうで治療しようと決意し、ライブとの両立が可能だったの で、10周年ライブを無事終えることが出来ました。その後事療法や漢方などを徹底して行いましたが、徐々に体力も落ちていき2014年6月再手術を決意 しました。手術後は実家に

    羊毛とおはな『ファンの皆さまへ  おはな』
  • 「東大に入ったら妹作ってやる」と言われたので入ったらいつの間にか妹ができていた話 - えいちゃーろぐ!

    前回のハムbotに引き続き、「そろそろ時効だろう」シリーズ第2弾です。 妹ほしいって騒ぎ続けた結果、母に「東大入ったら妹の1人ぐらい作ってやるよw」って言われたからちょっと東大入るわ!! — えいちゃー (@EICEAR) 2014年3月6日 東京大学 文科三類、無事に現役合格しました — えいちゃー (@EICEAR) 2016年3月10日 半年前に、こんなツイートが話題になったかと思います。 「妹がほしい」……ひとりっこ男子が高確率で抱く願望。 「東大に行きたい」……これもまた多くの人が抱く願望。 こんな2つの願望を漠然と抱え、日々悶々としていた私は、高2に進級する直前、強欲にも「どちらもいっぺんに叶えよう」と考え、母にこのような頼みごとをしたのでした。 当時の私は成績も低迷しており、このくらいの対価がないと勉強を始められる気がしなかったので、自分を奮い立たせる意味もありました。母も

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  • 贅沢なバッグを買った話 - 戦場のガールズ・ライフ

    15年前、わたしは今より、建設的な人間だったと思う。 投げやりなところはあったが、未来には、いいことが必ずあると信じていた。 刹那的なところ、退廃的なところが、年々増してゆく。 世の中にポジティブな思想がたくさんあふれていて、そうありたいと思うのに、 いい人でいたいと思うのに、 気づけば毎日、目に入るもののほとんどが嫌いだし、 簡単に言えば、うんざりしている。 未来のことは、考えたくもない。 15年前、わたしは、いつか高いブランドのバッグを手に入れたいと思っていた。 いつか、これだと思うものが見つかったら、買おう。 そして、大事に使おうと思っていた。 そう思ってから15年の間、 自分よりもぜんぜん若い人、あとからデビューした人、 みんな、当たり前のようにブランドバッグを持っていた。 「いつか」なんて思ってたけど、値段を見ると、とても買えなかった。 度胸がなくて、怖くて、一生ものなんて決めら

    贅沢なバッグを買った話 - 戦場のガールズ・ライフ
  • 割と本気で家庭用Slack Botを作ってみた - 八発白中

    僕はと二人暮らしをしています。かつてはLINEを使って普段のやり取りをしていたのですが、一年ほど前からSlackを使い始めました。 Slackの良いところはハッカビリティが高いところです。Google Calendarなど他のサービスと連携することができるし、IFTTTを使って多少凝ったこともできます。 IFTTT時代 IFTTTを使えば天気予報をSlackチャンネルに流せます。 英語というのは不意ですが、一応今日の天気はわかります。英語が読めなくてもアイコンを見れば、雨が降りそうな気がするってくらいはわかります。 しかし、しばらく運用しているうちに疑念が。 天気予報が当たらない。 IFTTTが連携している天気予報は「The Weather Channel」の情報なのですが、これが日の気象庁の予想と違っていて全然当たらない。 ちなみにiOS8から標準の天気アプリが提供している予報もこ

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    mayutsuba0874
    mayutsuba0874 2016/01/16
    素敵だ
  • 友達がほしいです

    今日は、今まで僕がインターネットにあまり書いてこなかった、個人的なことを書きます。 これを読んでいるのは、僕のことを知っている人でしょうか。それとも知らない人でしょうか。知らない人は、初めまして。実は僕にはずっと友達がいなくて、つらい思いをしています。今までなんとかごまかしてたけど、最近はいろいろあってごまかしきれなくなってきました。なのでこれを見て、友達になれそうな感じがもしあったら、連絡をください。出来れば同性の方がいいです。 こういうかたちで友達を募集するのは、かなり滑稽だと思うし、多くの人はこんなことしなくても自然に、あるいは頑張って友達を作ってるのだと思います。こういうことを書くようなメンタリティだから友達ができないのだ、というお叱りもあるかもしれません。ただ、自分ではもう、友達をどう作ったらいいかも分からなすぎて、こういう方法をとるしか思いつきませんでした。 僕は、Facebo

  • 「勝手に地方創生」――京都で働きながら地方にも居場所をつくる - リクナビNEXTジャーナル

    こんにちは。私は京都で「いろいろデザイン」というデザイン事務所を営んでいるnagayamaといいます。 私たちは現在、和歌山県の熊野地方に建つ古いビルを改修して、もうひとつの生活の拠点を置く「フルサトをつくる」というプロジェクトに取り組んでいます。中心メンバーは、自力で仕事や生活をつくる「ナリワイ」の主宰者で書籍『ナリワイをつくる』の著者でもある伊藤洋志、岡山で衣類のデザインやブランドディレクションをする「イワサキケイコキカク」を営む岩崎恵子、そして私の3人です。 私のメインの生活拠点は京都ですが、田舎にも行動の拠点を持ちたいと考えているのと、過疎が進む地域の空き家や使われていない施設を再利用して面白い事をしてみたいと思っており、ここ何年か京都と熊野地方を行き来しながらプロジェクトを進めています。 「フルサトをつくる」のきっかけ そもそものきっかけは、2012年。私が会社を辞め、自立して生

    「勝手に地方創生」――京都で働きながら地方にも居場所をつくる - リクナビNEXTジャーナル
    mayutsuba0874
    mayutsuba0874 2015/10/22
    nagayamaさんだ!
  • 子どもが欲しいとは思っていなかった - ぼくらのクローゼット

    2015-09-17 子どもが欲しいとは思っていなかった 子どもが欲しいとは思っていなかった。 子どもなんかいたら、自由で気ままな日々なんて望めない。好きなようにを読んで映画を見て、ゲームして、バンドをやって、好きなものをべて好きなところに住んで好きなように仕事がしたい。自分が誰かに受け入れられるとも思ってなかったし、別に一人でいいと思って生きていた。だから子ども、いやそもそも結婚自体が、僕には制約としか感じていなかった。 そんなことを考えていたのに、一転して今から約三年前に結婚し、すでに一歳半の娘がいる。そこに至るまでは長くなるので細かくは語らないが、端的に言うと、転職や震災といった経験を経て、ようやく僕には大切な両親や友達がいて、さらにはパートナーにも恵まれていたことに気づけた。一人で生きていくだなんてヒロイックな傲慢だと気づいたのだ。 娘が産まれるまでも大変で、例えばいざ産まれる

    子どもが欲しいとは思っていなかった - ぼくらのクローゼット
  • 53歳独身だけどやる事なくて辛い

    最寄り駅の立ち飲みやで軽く晩酌してつまみで腹を満たし8時頃帰宅した。 もう既にやる事が無い。 一時小説を読んでいたが目が疲れるのでやめた。 両親は共に他界してる。 当にやる事がなくて暇だ。 会社ではそこそこのポジションにいて、それなりに給料を貰っているが使い道が無い。 同級生はほぼ所帯を持っているので平日の夜に呼び出すなんて事は出来ない。 そもそも家庭がある人間と話が合わなくなって来た。 子供の教育や進学の話なんぞ分かるはずが無い。 私が死ぬまであと40年程ある事に絶望してる。 毎日仕事して帰宅して起きてまた仕事しての繰り返し。 週末は当に何をしていいか分からない。 趣味を持てなんて言われても正直めんどくさいしこの歳から何をすればいいんだよって思う。 一時寂しくてキャバクラに行ってた時期が合ったが相手が自分の金の事しか見てない事が分かりやめた。 結婚しておけば良かった。 少なくとも今よ

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