いちいち手洗いする習慣がまるでなかった コロナの蔓延まんえんとともに、個人的な新しい習慣が身についてしまった。 たとえば手洗いである。ふつうは当り前のようになっているマナーだが、私にとっては革命的な習慣である。 私は子供の頃から、あまり手を洗うことがなかったのだ。戦時下に育った人間は、おおむね常識的な生活習慣が身についていないのである。 匍匐前進だの、防空壕掘りだのと手を汚す仕事に追われる日常だったのだ。いちいち食事前に手なんぞ洗ってはいられない少国民の日常だった。 そのかわり、三八式歩兵銃の磨き方は教練の時間に教わった。食糧不足の時代だったから、手づかみでものを食べるような暮らしだったのである。 子供の頃、私が住んでいたのは和洋折衷の簡素な一戸建て住宅だった。父の仕事の関係で、転勤するたびに官舎をかわることになる。 それでも一応、廊下の突き当りにトイレがあり、その脇にはきまって南天の植込