津波に流された自宅跡地を訪れ、地面に手を触れる小原武久さん。震災後に道路になったその場所には、亡き聖也さんの部屋があった。平穏な日々の記憶がよみがえり、「悔しい」とつぶやいた=宮城県名取市で2024年3月9日、貝塚太一撮影 27歳の時、待望の長男が生まれて父親になった。ひとりっ子ということもあって厳しくしつけたから、「怖いオヤジ」と思われていたかもしれないけど、自分でも親バカだと思うくらい大切に育ててきた。その息子が27歳で人生を終えるなんて夢にも思わなかった。未来に向かって歩んでいく姿をもっと見たかった――。 【写真】27歳で震災の犠牲になった一人息子の聖也さん 東北学院大(仙台市)の元職員、小原武久さん(67)は、2011年3月11日の朝の光景を今でも鮮明に振り返ることができる。 太平洋に面した宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区で、小原さんは妻、長男の聖也さん(当時27歳)と3人で暮らし