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2008年2月11日のブックマーク (2件)

  • 「タテマエ」というコミュニケーションコード - 絶倫ファクトリー

    いわゆる「タテマエ」ってのは、立場の違う人間がとりあえず定められたコミュニケーションコードに乗っかることで、トータルのコミュニケーションコストを縮減するためのものだと思う。そしてそうまでしてコストを下げて、摩擦をなくし、コミュニケーションを図ろうとするからには、それなりにコミュニケーションの結果としてのベネフィットが想定されているはず。双方(かどうかは分からないけど)が違う立場に居ながら同じベネフィットを求めるとき、障害となる作法や形式の違いを乗り越えるために、統一的なコミュニケーションコードに則る。これが「タテマエ」であり、最終的に目指すベネフィットが「ホンネ」であると思う。 逆に言えば、コミュニケーションコストを下げていない「タテマエ」は、存在する意味が無い。何のためにわざわざ統一的なコードに則ってやり取りしてるのか。「ホンネ」と「タテマエ」があるのは良いんだけど、何故それが必要でどう

    「タテマエ」というコミュニケーションコード - 絶倫ファクトリー
    metamorph
    metamorph 2008/02/11
    「自由」という言葉の難しさを感じた。
  • とある記憶。 - ちゃずけのはてなにっき

    ダーリンが早々に買ってきたくせになかなか読まないこうの史代「この世界の片隅に 上」を読んだ。 なんで読まないか聞くと「悲しくなるから」と実に乙女チックな理由で、乙女な時期より乙女なかけらもない私がさくさくと。 読み終わって、中学の副校長先生を思い出した。 国語が専門で、いつもきちんと髪を七三に分け、フレームの太い分厚いめがね、白いワイシャツ、太いネクタイ、 たばこの匂いが染みついた、大昔の田舎の学校によくいた、「いいおうち」出身の、いかにも「先生」な容姿の方だった。 先生は従軍経験者で、戦争に行ったことはほとんど生徒に話されたことはないのだけれど、 当時もっとも荒れた(と言われていた)私の中学で、授業がまともに出来なくなるようなクラスにおいても、 その先生の時間だけは不良達もおとなしくなる、そう言う静かな強さを持つ存在だった。 確か「相聞歌」を習っていたときのことだと思う。先生はご自分が結

    とある記憶。 - ちゃずけのはてなにっき
    metamorph
    metamorph 2008/02/11
    ギリシャ語には「愛」と訳されうる語がいくつもあるという話を思い出した。