激レアさんを連れてきた。 @geki_rare 明日の #激レアさん は 中1の時に撮った写真が伝説的なバカ画像として拡散され、十年間運命に翻弄されている人😱 交通安全教室で年間300回以上も車に轢かれまくる轢かれ役✨ なぜあの写真が生まれたのかを徹底研究…悲劇と奇跡の連発に #松岡茉優 大興奮‼️ #若林正恭 #いとうあさこ #弘中綾香 pic.twitter.com/Y7bmyKybDY 2018-06-10 20:11:13
激レアさんを連れてきた。 @geki_rare 明日の #激レアさん は 中1の時に撮った写真が伝説的なバカ画像として拡散され、十年間運命に翻弄されている人😱 交通安全教室で年間300回以上も車に轢かれまくる轢かれ役✨ なぜあの写真が生まれたのかを徹底研究…悲劇と奇跡の連発に #松岡茉優 大興奮‼️ #若林正恭 #いとうあさこ #弘中綾香 pic.twitter.com/Y7bmyKybDY 2018-06-10 20:11:13
カメキチの目 【続き】 [暮らしと人びと②] ・水 いくらでも裏山から引けた。 ビニールパイプなど便利な材料はまだなく、竹が使われていた。また、どこの家にもそれほど深くない井戸もあった。 水洗蛇口などというハイカラなものはなかったので、いったん桶に水をためて使ったのかな。 チョロチョロ…。引いた水は絶えることなく流れている。 井戸水を釣瓶(のちに手押しポンプ)でバケツに汲み、なんども風呂の釜まで往復したことを、そのときは少年になっていたのでよく覚えている。 こんな自然がうみだす水(ということは誰のものでもある。欲しいときは誰も使える)を、ある企業が買い占める。水の湧きだす土地を買い占める。 その水を「どこそこの天然水」としてペットボトルに詰めこんで、誰もが手軽に安い値段で買えるような商いをするまでは許せても(これとて許せられないか)、 たとえば(海外の大ガネ持ち。国内でも《自分はカネがなく
どうも、坂津です。 高校時代、何かにつけて罰ゲームを発生させるというのが流行っていました。 もちろん私の周囲でだけですが。 学食でお昼ご飯を食べていると突然誰かが号令を掛けたりするんです。 「食べるのが一番遅かった奴が罰ゲェェェームッ!!」 この瞬間、カレーを選んでいた奴は超絶有利です。 カレーは飲み物ですから。 熱々のうどんとかカツサンドとかだとちょっと不利です。 でも号令が掛かった瞬間、強制的に参加登録されちゃうのです。 んで日中に色んな場面で罰ゲームカウントが蓄積し、部活が終わって帰る時間になると大体のメンバーが2~3個の罰ゲームをこなさなければならない状態になっています。 罰ゲームの内容はこんな感じ。 ・コンビニでプリンをレジに持っていき「温めてください」と言う。 ・ガソリンスタンドに自転車で乗り付け「ハイオク満タン」と言う。 ・マクドナルドの店員さんに「マクドナルド2つください」
カメキチの目 【続き】 [暮らしと人びと①] 伯父宅は長男だから、あばら家でもいちおう本家というのだろう(すぐそばの次男である父の家、つまりわが家はもっとひどいあばら家だった)。 裏山の急な崖に張りついた粗末な家で部屋数は少なくても、父の姉弟妹(私には伯母叔父叔母)が大勢いた。 「大勢」とはいっても、小さな家のことだから、しれている。 幼い私には、貧乏生活でも身内が大勢のにぎやかな暮らしは楽しかった。イヤな思いではひとつもない。 幼いときの生活、体験は、もとから選べようはずもなく、ただ与えられる一方だから、不平不満というものは起こりようもなかったのだろう。 以降の成長で味わった数々の生活体験も、だいたいのことは「そんなものか…」とやり過ごし、不満をこぼすことはなかった。 長じて友だちがうまいものを食べ、車に乗り、楽しそうに遊んでも(やせ我慢ではないです)うらやましいとは思わなかった。 「よ
どうも、坂津です。 明日は終戦記念日です。 玉音放送で日本の降伏を国民に公表した日が、記念日になっています。 でも、実質的には8月14日に、日本政府はポツダム宣言を受諾し、それを連合国に通告しています。 終戦記念日が、対外的な戦争が終結した日ではなく、国民への発表の日に設定されているということには、とても意味があることなんじゃないかな。 戦争をしていたのは『国』ですが、そこには国を構成する『民』が居ます。 もし終戦を、国だけの問題と捉えていたのなら、きっと終戦記念日は8月14日になっていたことでしょう。 でもそれでは、本当の意味で戦争は終わっていないんですよね。 国を構成する民それぞれが「終わった」と思わないことには。 さて、ウチのじいちゃんは当時、日本には居なかったそうです。 どっかの島で、なんか「フワッと」した情報として「戦争、終わるってよ」と耳にしたんだとか。 じいちゃんも含めて大半
ある日、セブンイレブンに入店。 ついでにマガジンでも立ち読みしようかと、本売り場へ。 そしたら、久々に僕の購買欲を刺激したものが。 ケチ故にめったに衝動買いをしない僕が、久々の衝動買いをしてしまいました。 創刊号+653万部号の2冊で税込900円。ぼったくりっちゃぼったくりですが、それでも買ってしまった。 この「復刻版週刊少年ジャンプ パック1」、読んだ感想です。 中途半端男と少年ジャンプ 僕が少年ジャンプを買い始めたのは、1998年の6号から。 当時小6。友人宅で世紀末リーダー伝たけし!を読んでゲラゲラ笑ったのがきっかけ。それまではコロコロ読んでました。 当時はDRAGON BALLとSLAM DUNKの終了後、るろうに剣心が看板を背負っており、マガジンに発行部数を抜かれていたジャンプ暗黒時代と呼ばれていた頃である。 しかし、ワンピースが連載半年足らずで、尾田の師匠である和月のるろ剣を抜
カメキチの目 【続き】 [小さな小さな繁華街] 「なんとか銀座」までは7㎞。 ひらけた感じがする。小さな盆地という地形。 そこが「故郷」の中心地。実家がある集落みたいに山が陰となっていないので明るい。 役場(バカ《と私は当時もいまも思っている》な平成の市町村大合併によりいまは「市役所」)や商店、病院(医院)、警察署、消防署、電電公社(いまのNTTの前身。まだAUもソフト…もなかった)などが集中していた。 実家の前の川は「小川」。瀬がほとんどなのに、ここではいくつかの支流があつまり、流れは太くなっているので、あちこちに淵もみえ、そこだけ川底は見えない。 たかが7㎞とはいえ、これだけ離れるだけで「地方」は風景がさま変わりする。 ・バスセンター ここは国道ぞいの街。だから、街の中心部には「小さな小さな繁華街」とともに「バスセンター」があった。 街は迷路のような小路が走っており、国道の広い道も通っ
カメキチの目 私の故郷は朝ドラ『ひよっこ』と、どっこいどっこい。「奥」こそつかない地名だが、より山ぶかく、いなか度では勝っている。 主人公たちと時代環境もよく似ているから、テレビをみていて「あーあ…」と首を縦にふる場面も多い。 みね子の祖父は稲わらで綱をあんでいますが、私の故郷では草鞋(ワラジ)をあむ年寄りもいました。 みね子たちの奥茨城での生活はとても身ぢかに感じたが、東京に場所がうつると、「へっ! 東京ではすでに…。知らなかったなぁ」という話が立てつづけに出た。 ・たとえば電話機。 みね子たちの実家は貧乏なので電話機のある家で借りるのだが、それはロボットみたいな格好した電話機で、電線(コード)が伸びた受話器を耳にあてて聞き、電話機本体の(ロボットの)口元部分が送話機なのでそこに向かってしゃべる。 が、東京ではすでに送・受一体型の今の形の固定電話が登場していたようだ。 私は中学校を出てか
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く