2020年5月15日のブックマーク (3件)

  • 書籍を作り終えて憂鬱になり、「何者かという問い」に呪われている - シロクマの屑籠

    6月に出す新著についての作業工程がだいたい終わって、脱力状態になった。新しいが発売される前の一か月ほどは、いつもこんな感じだ。少し憂にもなる。 そうしたなか、手斧アイコンの方のはてなブログで「何者かという問いは呪いである。」という文章を読んだ。 何者かという問いは呪いである。 - てのひらを、かえして 「何者か」という問いは、たいてい「何者でもない」という答えを導く。「いや、自分は何者かである」と答えられたとしても、どこか土台がグラリとする感覚はなくならない。四十年以上生きてきて、いくつかの点では何者かになったはずなのに、まだリンク先の文章を読んでグラリとしている。そんな自分自身を、自嘲せずにはいられない。 今の私にとっての「何者か」は欲の残骸、未練、そんな感じのものだろうか。 "何者にもなっていない若者の焦り"みたいなものでなく、"もう選べない可能性への未練"と、"できあがってしまっ

    書籍を作り終えて憂鬱になり、「何者かという問い」に呪われている - シロクマの屑籠
    minominofx66
    minominofx66 2020/05/15
    シロクマ先生の目指すべきポジションはただ一つ、社会あるいは時代そのものを診る精神科医。これしかない。精神科医は人間の診断だけではなく、社会そのものの診断だって出来るでしょう。
  • 検察のニュースを見て思い出したこと

    高校2年のときにクラス替えがあって、最初の1ヶ月ほどなかなか馴染めずにいた。そんな中で教室を移動する授業の予定があり、日直だった自分が施錠をすることになっていた。 移動教室前日の体育の時間だったかと思う。同じように浮きがちのクラスメイトから「ちょっといい?」と呼び止められて、移動教室中にクラスメイトの鞄から財布を抜き取る計画があること、施錠を忘れたことにして移動して欲しいことを頼まれた。話ぶりからするに、他クラスにも協力者がいるようだった。 自分は性格的に弱気な方なので、その場ではショックで何も言い返せなかった。できない、とモゴモゴと言っていた程度だったと思う。ただ、帰り道になんだか無性に腹が立ってきて、彼の連絡先を知っている1年時のクラスメイトに聞いて、その日の夜に思い切って電話をした。何考えてるんだと、お前なんか最悪だと、感情の赴くままに5分ほど話したと思う。 自分が協力しなかったこと

    検察のニュースを見て思い出したこと
  • 東京一極集中をやめたら

    東京に集中してる文化が多少は地方に振り分けられたりすんのかな 気になるイベントの開催地が全部東京で、見るたび暗い気持ちになるってことも少しは減るのか? グルメ番組をつけて、画面の左上あたりに「恵比寿の絶品レストラン!」とか書いてあるの見てため息つきながらチャンネル変えることもなくなるのかな? はじめて東京に行って山手線の路線図を見たら駅名をほとんど全部知ってて敗北感に打ちのめされる、って思いをする人もいなくなるだろうか ネットで見た美味しそうなべ物がどこで売ってるか調べたら「東京限定発売」でがっくりすることも減るかな? 東京の街並みを再現したゲームに関する記事で「見慣れたあの景色が〜」って書いてあるの見て見慣れてねえよと疎外感を味わうこともなくなるといいな 科学館とか博物館みたいなのに関する記事の最後に「東京のどこそこにある○○館に実物がありますので皆様も是非!」とかまったく悪気なく

    東京一極集中をやめたら
    minominofx66
    minominofx66 2020/05/15
    ドイツのように、各省庁を地方に分散させるのが理想的かなあ。首都ベルリンなんて国会議事堂と首相官邸しかないから。