2016年9月7日のブックマーク (5件)

  • タイプ:ヌル|『ポケットモンスター サン・ムーン』公式サイト

    さまざまなポケモンの力を持つ明らかに形状の異なる、前足と後ろ足を持つ。それは、タイプ:ヌルがどんな状況にも対応できるよう、さまざまなポケモンの力を合成して造られたポケモンだからである。 造りだされた目的タイプ:ヌルは、ある目的を果たすため、神話に語り継がれるポケモンの力を目指して造られた。 力を制御する仮面“何もない”という意味の「ヌル」という名を冠する、仮面を被ったポケモン。タイプ:ヌルの頭部に装着されている仮面は、その秘めたる力を制御するための装置。非常に重く、タイプ:ヌルの敏捷(びんしょう)性の足かせにもなっている。

    タイプ:ヌル|『ポケットモンスター サン・ムーン』公式サイト
    misaca
    misaca 2016/09/07
    ぬるぽ
  • 緑と青がなくなって、赤ばっか残って134個。 赤って、賛同しない、という意..

    緑と青がなくなって、赤ばっか残って134個。 赤って、賛同しない、という意味で取る人いるんでしょ。使いづらいんだが。。誰かに赤連打してもいいのか?

    緑と青がなくなって、赤ばっか残って134個。 赤って、賛同しない、という意..
    misaca
    misaca 2016/09/07
    スターリン万歳!毛沢東万歳!
  • 戦争維持装置としての「禅」 - 熊田一雄の日記

    (前略)そこで最近、米軍が取り入れつつあるのが「サムライ・トレーニング」と呼ばれる「瞑想、禅の精神修養」だ。特に陸軍では110万人の兵士全員に精神的トレーニングを義務づけ、戦場や期間後の生活において精神の安定を保てるようにするという。(中略)実際に試験的にトレーニングを受けた兵士の7割は「ストレスに対処しやすくなった」など、肯定的に評価しているという(『サンデー毎日』2009年9月27日、p.35)。 日が第二次世界大戦用に<発明>した「宮武蔵」的男性性(拙著「男らしさという病?」参照)が、現在、アフガニスタンやイラクの情勢のために、米軍によって<輸入>されつつある、ということでしょう。「米軍のオウム真理教化」が始まったと見ることもできるでしょう。日の曹洞宗や臨済宗の関係者は、こうした曲解に基づく「禅」という言葉の流用=横領(appropriation)、いわば軍事利用に対して、抗議

    戦争維持装置としての「禅」 - 熊田一雄の日記
    misaca
    misaca 2016/09/07
    鎌倉時代から軍事利用されてるし…
  • 声を大にして言いたい

    http://anond.hatelabo.jp/20160905220913 xevra先生が言っていることは、正しくて大事なことだ。 元増田さん、先生が同じことを言うのはそれが大切なことだから。それだけなんだよ。 ブコメではbotだなんだ、最近のコメントはよくないだとか…それはとても表層的なこと。 先生の言葉をネタとしてしか受け取れない人は、もしかしたら野菜・運動・睡眠・精神生活が充実している人なのかもしれない。 そうではないと自覚できる人にとってこそ、先生の言葉は必要だと思う。 私には小さな体験がある。 ああ今がけっぷちにいるな…という自覚があって心と生活が乱れていたころ、はてブで毎日のように何気なく見ていた先生の言葉をふと思い出した。 日曜日の朝だった。私は1年以上放置していたランニングシューズを箱から取り出して、近所の河川敷へ走りに行った。 心拍数が上がるにつれて、モヤが少しず

    声を大にして言いたい
    misaca
    misaca 2016/09/07
    教祖様のおかげで病気が治りました!的なアレ
  • みんなが「下」を向けば、この世界は良くなるかもしれない。

    お洒落な店内に流れるジャズのBGM。会社帰りのサラリーマンたち。1枚1500円のピザ。普段外すらも滅多にしない人間として、気の行き届いたサービスと格的なイタリアンには、恥ずかしながら感動すら覚えてしまった。 大学で国際政治を専門的に学び、休暇にはアジアやアフリカのいわゆる発展途上国へと足を運ぶ。そして、普段から国際ニュースにアンテナを張り、貧困、紛争、暴力、人権侵害といった"世界の不条理"へと目を向ける。そんな生活を送っていると、日の(少なくとも物質的/金銭的には)恵まれた機会に身を置くたびに、どうしても感じてしまう事がある。

    みんなが「下」を向けば、この世界は良くなるかもしれない。
    misaca
    misaca 2016/09/07
    生まれが恵まれている人ほど他国の貧困に敏感な割に自国の貧困に気づいていないと思う