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文化人類学と民俗学に関するmisui-shiのブックマーク (3)

  • 現代伝説考--恐怖と願望のフォークロア---

    これは、1994年10月から3ヶ月間にわたってNIFTY SERVE「現代思想フォーラム(FSHISO)」に設けられた、「現代伝説研究会議室」での投稿発言を素材としたものです。その投稿ログから噂話を抜粋整理し、筆者の観点から論考を加え独立した作品といたしました。 備考 ・投稿からの引用文は字下げインデントしてあります。 ・『 』内は投稿番号と筆者が付けた仮見出です。 ・《 》の部分が投稿文からの引用です。 ・引用文の投稿者は巻末にNIFTYハンドル名を一覧記載します。 [一覧] ⇒ 第1章.異空間伝説 かつての伝統的な村落共同体は、それ自体がひとつの閉鎖空間であった。外部との交流がすくなく自足的で閉じた社会をなしていた。そのような閉じられた空間で、独自の民話が語り継がれてきたのである。 しかし現代の都市文明ではそのような地域的閉鎖性はほとんど解体され、共同体の構成員のあいだで共有されていた

  • 小松和彦さん かしこい生き方のススメ - COMZINE by nttコムウェア

    子供の時は、せいぜい家を中心としながら、学校や自分が遊んでいる空間までが限界で、その空間の中のどこに誰が住んでいるのかを知っている程度です。その限界を超えて、学区が違う、あるいは橋や川があるなどというと、その「向こう側」をまったく知らない。行き慣れた商店街でも、線路の向こう側は、まったく別の世界に思えたりする。そうやってどこかに自分の世界の限界があって、能的にも文化的にも、私達はその限界の向こう側に「怖さ」を感じるのです。そして、その境界を示す意味で「あそこにはお化けが出る」とか、親が「怖い鬼が居るんだよ」と言うんです。家や店が立ち並ぶ、普段から慣れ親しんだ道でも、一歩、路地を入ったら知らない場所だというのも意外に多いでしょう。つまりそこが境界なんです。私達は、知らないうちに境界をいろいろな所に作っているんです。

  • 夜刀神 - Wikipedia

    『常陸風土記』の行方郡段に見え、行方郡の郡家の周辺の原野に群棲する蛇体で頭に角を生やした神で、その姿を見た者は一族もろとも滅んでしまうと伝えられていた。継体天皇の時代に箭括氏(やはずのうじ)の麻多智(またち)が郡家の西の谷の葦原を新田として開墾するに際し、妨害する夜刀神を打殺したりして山へ駆逐し、人の地(田)と神の地(山)を明確に区分するためにその境界である堀に「標の梲(しるしのつえ)」を立て、以後祟りのないように社を創建して神として崇めることを誓い、自ら神の祝として仕えるようになったといい、麻多智の子孫(箭括氏)によって『風土記』編纂の時代まで代々祀ってきたという。 また、孝徳天皇の時代に行方郡を建郡した壬生連(みぶのむらじ)麿(まろ)が、夜刀神の棲む谷の池に堤を築こうとすると、池の辺の椎の樹上に夜刀神が集まり、いつまで経ってもそこを去らなかったという事件が起こったが、麿が大声で「民政の

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