ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (11)

  • 減点式採点の段階的な廃止 - 傘をひらいて、空を

    同期のアシスタントについた派遣社員がとてつもないということで、愚痴を聞くために集まった。彼女ははため息をつき、あ−、だりー、とことのほか粗雑なものの言いかたをした。あのさあ、持ち上げるのと小馬鹿にするのを両方やるのって、当人の精神が不安定だからだと思うんだよね。あの人、やけに卑屈にしてみせるかと思うと、お酒の席で下卑た冗談言ったり「おっとヒラサカさんはお茶なんか汲みませんよね、俺が淹れて差し上げるんですかね?」とか言ってくるわけ。なんで私があいつの情緒不安定の相手をしなくちゃいけないわけ。あんたが年下の女のアシスタントになりたくないのはよくわかったけど、なんで私が、それに反応を示すと思えるの、って、訊きたい。 今まで示してもらえたんでしょうと私はこたえる。あるいは示してもらえるべきだと思っている。その人は現代人としてあらまほしき精神的素養の一部が欠落しているので、介助が必要なんだね、つまり

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    mitamujp 2012/09/23
  • 彼女の負債と有罪 - 傘をひらいて、空を

    私たちは空想上の通帳をあいだにはさんで難しい顔をしていた。空想上のでないものをテーブルの上に置くことはなんだかできなかった。安全のためというより違和感のために、私たちはそれができないのだった。にぎやかな駅の前にはほとんど必ずあるようなチェーン展開のありふれたカフェのありふれたテーブルの上に個人名の通帳を置くことがどうしてか耐えられない。むきだしの通帳が似合うのは誰かのおうち、でなければ銀行のカウンタだけだと私は思う。 それは彼女が彼女の若いころに助けられた「おばさま」のために就職以来ずっと貯めていた預金で、今ではけっこうな金額になっていた。おばさまとは言うけれども血はひとつもつながっていない。わけあって血のつながった人間が誰ひとり彼女の身分を保障しないので、なにかというと保証になる人間を求められた若いころはとくに、彼女はおばさまに助けられていたのだった。おばさまは大胆な嘘だってついた。必要

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    mitamujp 2012/08/08
  • talk to me, - 傘をひらいて、空を

    たのしそうに聞くねえと半ば呆れた声で彼女は言う。半ばでなくて完全にあきれた彼女の声が私は好きだから細心の注意をこめてばかの顔をつくる。それから、だってあなたの話はたのしい、と言う。完全なばかの声で。 彼女はくいと首を反らして私の好きな顔をする。私はひとまず満足する。そうしてそこいらで摘んだみたいなミントの葉を山ほどつっこんでグラニュー糖の粒でもって乱雑にすりつぶしたほとんど下品なモヒートをのむ。彼女はこんな落ちのない話が好きだなんてあなたばかでしょうと言い、そうですと私は誇らしくこたえる。 私は落ちとやらのない話が好きだ。遠くの箱からこぼれ落ちたように文脈に回収されない話、焦点や筋道や感情がうっすらと見えるような見えないような話、大切なのに不意に大切でない相手(私だ)の前でしっぽを出してしまった話、あるいは今日のお昼はカレーべましたみたいな話が好きだ。リハーサルされた話は好きじゃない。

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    mitamujp 2012/07/05
  • 彼女の悪い趣味 - 傘をひらいて、空を

    彼女は彼を甘やかすのがとてもうまい。彼女は彼の安い欲望の諸相を熟知している。持ち上げて。連絡して。連絡しすぎないで。呼んだら来て。顔色を読んで。きれいにして。安心させて。優越させて。頼るそぶりをして。好ましい内容で。 彼女はそれを軽々とクリアする。彼女の能力は高い。その程度のことは彼女の娯楽の範疇だ。甘い真綿を敷くように彼女は彼をいい気持ちにする。彼女の有毒であることは私の目にはあきらかだけれど、彼女はもちろんそれを彼に見せない。キャンディみたいなパッケージ、両端を引けばころりと落ちる。そんななりをしている。 彼が彼女を愛玩しはじめて、そう見えて実のところ彼女が彼を愛玩しはじめて、もうすぐ一年になる。夏になると彼女は、ねえ悪巧みがしたいなと言う。彼女は悪い企みごとがとても巧い。夏が来たからねと私はこたえる。彼女のそれは季節性の病だ。悪巧みのために彼女が彼を引っかけたのが去年の夏で、それはす

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    mitamujp 2012/06/05
  • 悪いお菓子 - 傘をひらいて、空を

    入社時期が近い十人ばかりと飲んでいて最近どうよと訊かれたのでふつうと彼はこたえる。そっちはと返すとがんばってるようとマキノはこたえてビールをごくごく飲んでいる。両手でジョッキを持って慎重に飲んだりしない。二の腕が太いと彼は思う。二の腕が太い、色が白い、鎖骨が太い、笑うと小じわが多い。わかっていたら笑わないはずなのに平気で笑うからきっとわかっていないんだろう。 近況を訊かれて当然のように仕事の話って荒んでるんじゃないと別のひとりが言い、そうかあとマキノが感心する。うん、ご家庭とか彼氏彼女とかそういう話したほうがいいよねえ。こいつら俺の彼女の話なんか聞きたくもないくせになんでそういう質問するかなと彼は思う。それからこたえる。飲み屋の姉ちゃんとつきあってる。すてきとマキノは言う。バーテンダーさんとかかしら。彼は呆れてキャバ嬢キャバ嬢とこたえる。いいねえ、つけ睫毛ついてる?髪の毛盛ってる?ぜんぶの

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    mitamujp 2012/05/16
  • 儀式を無効にする方途 - 傘をひらいて、空を

    よんどころない理由で、あるいはあまりに複合的な問題を抱えていてひとつずつ解決しようと思うと気が遠くなるというような理由で、彼らは離別に合意した。彼らはともに五年を過ごし、五年かけて互いを新鮮に感じることがなくなり、また五年分の若さをうしなった。それらは彼らが問題に立ち向かうだけの気力を最後の一滴までしぼりとった。彼らは困難に打ち勝って関係性を維持するだけの情熱をうしなったのだし、それこそが離別の原因なのだから、ひとことで「飽きたから別れた」と言ってもかまわないと、彼女は思った。 彼らはすっぱりと別れて二度と連絡しないという選択ができなかった。彼らはたがいの存在に慣れすぎていた。彼らにもはや情熱はなく、しかし相手にまつわる大量の習慣を持っており、別れたらそれをひとつひとつ組み替えていかなければならないのだった。 ひと月も経つと彼女はそのことにうっすらと気づきはじめた。彼は気づかず、ただ感じて

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    mitamujp 2012/04/18
  • 自分を探せない - 傘をひらいて、空を

    はあ?もう一回説明してくんない?は?それ気で言ってんの?違う?違うって何が? 部下を問い詰めるときの渡辺さんの物言いにはある種の人間に共通する特徴があった。まず蔑みの感情をこめたメッセージを発する。「はあ?」というのがその代表だ。私の席からは見えないけれども、表情もきっとそれに類するものになっている。それから相手に何かを言わせる。その後、それに含まれる誤りを相手自身に指摘させる。さらにその理由を尋ねる。再度「はあ?」が繰りかえされる。「私がバカだからです」とでも言わせたいのかと思う。 それは少なくとも問題の改善のための会話のようには聞こえない。作業中に耳に入るからひどく気になって、でも私は渡辺さんにそれを言えない。渡辺さんは私の会社の人ではない。三ヶ月前にチームを率いて来て、業務用のシステムを構築している。渡辺さん、と誰かが言う。 渡辺さんこれべてください。娘が台湾に行ってねえ、学校で

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    mitamujp 2011/10/19
  • ふらんすはあまりに遠し - 傘をひらいて、空を

    そんなの四ツ股のばちがあたったんですよと誰かが言った。カトウくんはそちらを振りかえって声を出して笑った。なに?四人?同時に?まじで?とシライシさんがたたみかけ、まじっすとカトウくんでない誰かがこたえる。シライシさんはつくづくとカトウくんの顔を眺めた。私も眺めた。 カトウくんは私とシライシさんの目を順繰りに見て言う。とてもそうは見えないと、お姉さまがたはそうおっしゃりたいわけですね。実際のところ、カトウくんは桁外れに女の子たちに人気があるようには見えない。ふつうだ。それで私はことばを選んで言う。二股くらいなら、まあ、あるかな、と思うけど。 二股ありですかあ、ちょっと槙野さあん、と誰かが口をはさみ、私はあわててそちらを向く。カトウくんの話ですよ、それに、ほら、好きな人ができたときにつきあってる人がいたら、その人と別れる前に、なんていうか、重なっちゃうことくらい、あるんじゃないですか、のりしろっ

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    mitamujp 2011/10/12
  • 周回遅れの証拠 - 傘をひらいて、空を

    現代の厄年なんじゃないと誰かが言った。その場に集まった人々の外見は無軌道に異なっていた。ふだんは接点のない者同士で、ただみんなが好きなので、の話をしようとして来たのだった。それぞれが初対面であったり、そうでなかったりした。 そうして誰かが言ったのだ。二十八って現代の厄年なんじゃないの。カトウくんそう思って乗り越えなよ、俺も二十八のとき仕事で大失敗して死んでやろうかと思ったもんね死ななかったけど、それでマキノさんは、ほら前に言ってた、一年間で三回交通事故に遭ったってやつ、あれ二十八くらいだよね、ほかの人も、なんか、ない。 どうやら二十八歳のカトウくんが今現在ひどく辛い目に遭っているために、二十八歳厄年説を裏づける話が募集されているらしかった。二十八からひとまわりが過ぎたというシライシさんがそのころの大失恋の話を披露してみんながそれに頷き、シライシさんは次の人を指名する。ケイタもあるでしょ

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    mitamujp 2011/10/05
  • 恋愛的疑惑と少量の善良 - 傘をひらいて、空を

    ミエちゃんが俺とつきあえるとか思ってたらどうしようと彼は言い、人に訊けばいいじゃんと私はこたる。彼は眉を歪め、野菜を鍋に放りこむ動作と同じ速度で言葉を投げる。マキノってなんでそんなに言語コミュニケーションを信じきってるわけ、この世がそんなに簡単にできてるわけないだろ、あの子たち返事しないでさめざめと泣くからね、しつこく泣く、俺はムツゴロウさんみたくひたすらなだめる、そして夜が明ける。あれはきつい。 なるほどと私は言い、長い箸を動かして鍋底から奇妙なかたちのきのこを救出する。中国人の店員さんが美味しいですよと言っていた。鍋は曲線で仕切られ、赤白二色のスープに大量のスパイスが浮き沈みしている。 薬膳っぽいものべようと彼が言い、私たちはここに来たのだった。繁華街の奥のこのあたりでは深夜まで平然と事が供され、周囲のことばの半分が日語でない。 ミエちゃんは彼の同僚だ。美人じゃないけどなかなか

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    mitamujp 2011/09/03
  • 被初恋の人 - 傘をひらいて、空を

    あんまり知らない人から、それもちょっと悪くない感じの人から好きですって言われたら、マキノどう思う。彼がそう訊くので私は少し考える。どうって、相手によるけど、嬉しいかな。でも相手のことよく知らないんだよね、それならまずはお話をしなくてはね。事に行きましょうと言うよ。あるいはお茶、お酒など。 僕もそう思った、と彼は言った。でもずいぶん勝手が違ったんだ。それからなぜか携帯電話を一度手に取り、操作せず鞄に戻し、話しはじめた。 彼はよく知らない女性から好きですと言われ、持ち帰って検討した。まずは話そうと思って受けとった電話番号にかけると、彼女は出なかった。折り返しもなかった。半月ばかり経ってから突然電話があった。ごめん仕事が忙しくて、と彼女は言った。それで、なんの用だったの? あなたが僕に用事があると思って、と彼は言った。だからかけたんだ。そうなんだ、と彼女は言った。彼らは少しのあいだ沈黙した。彼

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    mitamujp 2011/08/16
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