天才が書いた小説、としかいいようのない。 文章は極限まで洗練され、エピソードは恐ろしいほどたくみに構成されている。自意識の動きを冷徹に微分し、あらわにする。情愛を知り尽くした箴言を吐くいっぽうで、自らの運命をさりげなく練りこむ。 うまい、としかいいようがない。 これを18で書いたのだから、天才というほかない。同じく超早熟のサガン「悲しみよこんにちは」にも驚いたが、フランス文学って、すごいもんだ。幅をひろげるつもりで手を出した新訳に、足をとられてしまっている。 百の誉め言葉よりも一の引用。めろめろになったのが次の文。狂おしいほど血が騒ぐ。 彼女の両手が僕の首に絡みついていた。遭難者の手だってこれほど激しく絡みつくことはないだろう。彼女は僕に救助してもらいたいのか、それとも一緒に溺れてほしいのか、僕には分からなかった 第一次大戦下のフランス、15歳の「僕」と、19歳の人妻。夫が戦地にいるあいだ